呪戒アヴニール_本編・プロローグ
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story by 間宮桔梗
215:呪戒アヴニール 混沌の刻
開始前
少女達は異変を止められるのか!?
プロローグ
時神の宮殿の正門へと辿り着いたアネアス達。早速、三人は宮殿内へ入ろうとする。
「あ、あれ。体がすり抜けちゃった……?」
が、宮殿は幻影によって造られているのか……シアの体は宮殿の入り口をすり抜けてしまった。
「あーら。ポンコツ呪術師のシアちゃんったら、もしかして普通に入れるとでも思った?思っちゃってたワケ?」
イジワルな笑顔でシアを見下しながら、アネアスはチッチッチと人差し指を振る。
「この宮殿は呪術結界が施されていてね。外装こそ視認できても、本体はこちら側の世界とは異なる断層の亜次元に建っているの。ふふん、ちゃーんと下調べをしておけば簡単にわかることよ」
「そうなんだ……あ、じゃあ次元同調障壁(チューニングシール)を体に纏えばいいんだね。えいっ」
「そう、チューニング。けど、その術は天賦の才を持つあたしですら最近取得したばかり。しかも取得までに半年以上かかったわ。まぁ、土下座しながら『お願いします素晴らしきアネアス様』って言うなら術を掛けてあげても」
「アネアスー、なにしてるのーっ?早く行こうよー」
「って、なんでアンタ使えんのよ!?し、しかも『えいっ』の一言で……あたしですら無詠唱での発動は成功したことないのにぃ……!」
目を吊り上げながら地団駄を踏むアネアス。数秒後、ふと我に返った彼女は頬をトマトのように紅潮させながら、***を視界に入れる。
「……な、なによその顔は。はんっ、笑いたいなら笑えばいいじゃない!あーもうっ、術を掛けるから早く目を閉じなさいっ!バカ***!」
八つ当たりをされながらも、宮殿に入るための術を掛けてもらった***。そして、ついに三人は宮殿の正門をくぐり、荘厳な雰囲気と禍々しい気配が共存する宮殿内へと足を……
「待っていたよ。決意という名の、美しき旋律を奏でる乙女達よ……」
……踏み入れた瞬間。どこかで見たことがあるような人物が、***達の前に立ち塞がった。
「……あ、あの。なんでここにいるんです?トルデインさ」
「トルデインさん?誰かな、その皇帝っぽい名前の人は。僕は通りすがりのさすらい詩人剣士、トーディン。そう、決してトルデインなどではないのさ~♪君達とは初対面さ~ル~ララ~♪」
トーディンと名乗った男はシアの言葉を食い気味に否定し、ハープの音色に高らかな歌声を乗せる。
「……シア。あれ、アンタの知り合いでしょ?なんとかしなさいよ。5秒で」
「ごご、5秒で!?というか、皇帝をあれ扱いって……」
アネアスに物理的に背中を押され、おずおずといった様子で一歩前へと踏み出すシア。
「え、えっと。じゃあトルデ……じゃなくて。ト、トーディン、さん」
「フッ、なにかな?シア君」
「…………。なんで初対面のはずなのに、私の名前知ってるんです?」
「あっ!い、いや、それは……旅の途中で君のウワサを聞いたからさ。皇都にシアという幸福をもたらす呪術師がいるという……ハッ!?渾身のダジャレを思いついたよ!シア君は“しあ”わせな女の子!ぷっ、くく……お、面白すぎるよ……!」
爆笑を始めるトーディン。それを見たシアは、瞳を潤ませながら回れ右して戻って来た。
「……アネアスぅ……助けてぇ……」
「もうちょっと頑張りなさいよ……ていうか、なんであの人は術の補助もなしに結界の中にいれるワケ?」
「あ、たぶん皇家の血の力だと思う。トルデインさんの血には、ほとんどの呪いを跳ねのける力があるから」
「ああ、それで結界を突破できたのね……へぇ、なかなか面白い人じゃない。ギャグはこれっぽっちも面白くなかったけど」
そう言うと、今度はアネアスがトーディンの方へと歩み寄る。
「まぁ、なんでもいいわ。とりあえず……そこをどいてもらえるかしら、さすらいの詩人剣士さん。どかないというのなら、ほ~んの少しだけ痛い目に遭ってもらうけど?」
「む……それはできない相談だ。これ以上、君達を危険な目に遭わせるわけにはいかない。申し訳ないけれど、これ以上進むというのなら……」
「力ずくでもってワケね。はぁ……心配性の男ばっかりでイヤになるわね、まったく……!」
>>少しだけ痛い目に遭わせる<<
ランキングに関係なく、一定数の【アヴニールメダル】を集めると役立つアイテムが貰えるらしいわよ。
まあ、準備運動ぐらいにはなりそうね。
アイテムショップで手に入る「アレスの鍛錬書」を使えば、すぐにLv80になれるんですって。とんでもない呪文書ね。
「土地力」ね。この世界ではマナって呼ばれているわ。魔力の源だから、積極的に溜めていきましょ。
本気になったあたしの姿……見てみたいでしょ?
強い敵を倒せば多くの【アヴニールメダル】が貰えるみたいね。 敵の情報は、他のプレイヤー達がイベント掲示板で教えてくれるわよ。 こまめにチェックよ、チェック!
クエスト……?
まぁ、修行にもなるし、積極的にこなしていくのもアリね。
異変を止める
深淵使徒バトル
「……シア君。どうしても引く気はないのかい?」
剣を止めたトーディンの問いに、シアは肩を震わせながら言葉を返す。
「ごめんなさい。私達のことを心配して来てくれたんですよね。でも、私は……どうしても彼女を連れ戻さなきゃいけないんです!だから……」
「……!そうか。姿が見えないとは思っていたが……“君達”は共にここへ向かったわけではなかったんだね」
トーディンは剣をおさめると、真剣な面持ちでシアに歩み寄る。
「シア君。この詩人剣士トーディンの力は、おそらくこの領域内において役に立つはずだ。よろしければ同行させてはもらえないだろうか?」
その言葉に、シアは一瞬だけ微笑む……が、すぐに不安げな瞳になると、おずおずといった様子でアネアスの表情を伺う。
「……はぁ。その男はアンタとの同行を求めてるんでしょ?なら、勝手にすればいいじゃない」
「……!うん、ありがとうアネアス!」
――こうして、詩人剣士トーディンを名乗る謎少なき男を仲間に加えたアネアス一行は、改めて宮殿の奥へと進んでいくことになった。
「それにしても、不気味なほどに誰もいないね。宮殿の守護者が多数いると踏んでいたのだけれど……」
「あら、詩人剣士さんったら何も知らないの?そもそもこの時神の宮殿はね、時を司る神を呼び降ろすために古代人が多大な犠牲を払って、幾千年もの時を経て建築したものなのよ。けど、結果として時神を呼び出すことは叶わなかったんだって」
下調べをキッチリ行っていたアネアスは、鼻を高くしながら宮殿の歴史を語る。
「当時の人類は自らの失敗と罪を覆い隠すため、この宮殿を次元の外側に追放して封印した……いわば、この宮殿は異次元間を漂流する、過去の人達の夢が朽ち果てた姿。もはや存在意義を失っているのだから、守護者なんてゼロに等しいってワケ」
もっとも……と、アネアスは続ける。
「この宮殿が実は失敗作ではなかったことを見抜いた人がいたとして……その人が、この異変を起こした元凶なのだとしたら……それを阻止しようとしているあたし達に刺客を差し向けてくるのは、至極当然のこと。そうよね?背後の追跡者さん」
……すると、アネアス達の背後から突然、槍を持った一人の妖魔が現れた。
「……ほう。姿は消していたのですが、見抜かれていたとは魂飛魄散(こんひはくさん)。我がマスターが警戒するだけのことはありますね」
「我がマスター、ね。ということは、アンタは誰かの使い魔ってことかしら?」
「画蛇添足(がだてんそく)。貴方は我が敵であり、我は貴方の敵。なれば、我々に言葉など不要。違いますか?」
疑問に疑問で返す妖魔。その冷静な返答を、アネアスは宣戦布告と受け取った。
「話がシンプルでいいじゃない。でも、悪いけど役者が不足しているわよ。そっちのマスターに伝えておいて……このあたしを相手にするのなら、直接ケンカを売りに来なさいって」
「……傲慢不羈(ごうまんふき)なる呪術師、か。面白い、相手にとって不足はありません。この火占槍士フォルラス、単槍匹馬(たんそうひつば)の覚悟の下……いざ、翼進する!」
進取果敢に立ち向かう
銀朱女王バトル
「下がってよいぞ、フォルラス。どうやら、お前に刺し貫ける相手ではなさそうだ」
アネアス達がフォルラスと戦っていると……突然、一人の女性が奥の通路から現れた。
「……!?ウソ、でしょ……ど、どうしてアンタがここに……」
その姿を見た瞬間、アネアスは額に冷や汗を浮かべながら表情を強張らせる。
「……シア。アンタ達は先に行きなさい。この女は……この女だけはあたし一人にやらせて」
「え……?で、でも……」
戸惑うシア。しかし、アネアスの真剣な表情を見たシアはそれ以上何も言わず、***とトーディンと共に先に進むことを選んだ。
「……驚いたわ。まさか、アンタが出てくるなんてね。銀朱の女王……ヴァーミリオン」
二人きりになった瞬間、アネアスは魔力を全身に滾らせ、不敵な笑みを浮かべる。
「別に不思議なことではないさ。私とベルベットは時に殺し合う宿敵同士。そして、時には共同研究を行う同志。今回は後者……すなわち、お前を刺し捻る立場としてここに現れた。それだけのことだ」
それにしても……と、ヴァーミリオンは無表情のまま、抑揚のない声で言葉を紡ぐ。
「久しいな、アネアス。いや、それともここは家族らしく、愛しの義妹(リトルシスター)とでも呼んだ方がいいか?」
「あら。心の込もっていない挨拶、どうもありがとう。重ねて、そっちから出向いてくれたことにも感謝するわ。愛しの標的(ブルーバード)さん」
「私に対してブルーときたか。皮肉のセンスは五年前と比べて成長したようだ。術の腕前はさておき、な」
その言葉に思うところがあったのか、僅かに眉を吊り上げるアネアス。
「アンタが義姉として突然あたしの家にやって来て、あたしが継ぐはずだった一子相伝の奥義を奪い去ってから五年……家を追い出されて全てを失ったあたしは、アンタを倒す力を得るためだけに生きてきた」
「なるほど……私を倒すためにベルベットに従事していたのか。もっとも、ベルベットはお前ではなく、幸福の呪術師の方に興味を示していたようだがな。そして、お前の興味もまたベルベットではなく、この私にあったと。なれば、目的は復讐といったところか?」
「復讐?違うわ。あたしはただ自分が許せないだけ。アンタの目的に気付くこともできず、優しい演技にだまされて、心を許してしまったうえに無様に敗北を喫した、過去の自分自身が…………って、なに笑ってんのよ?」
アネアスの発言の中に諧謔性を見出したのか、ヴァーミリオンは幽かな笑みを浮かべながら、そっと口元を押さえていた。
「いや、すまない。あまりの真っ直ぐさに思わず懐かしさが込み上げてきた。そうだ、そうだったな……いつだってお前の敵は他人ではなく自分自身。わざわざここまで来たのも自分自身のためということか」
「……不愉快ね。ジョークを言ったつもりはないのだけれど……まぁいいわ。その減らず口も今日で最後。このあたしが二度と聞けないようにしてあげる」
……その言葉が開戦の合図となり、二人の呪術師は共に戦闘態勢に入る。
「フッ、いいだろう。あれからどれだけ成長したのか……この銀朱の女王が確かめてやろう。私を失望させてくれるなよ?アネアス」
減らず口を止める
幻縁迎撃バトル
「……ッ!?待ちなさい、逃げるつもり!?」
アネアスが大技をぶつけようとした瞬間……ヴァーミリオンは戦闘を中断し、その場から離れようとする。
「勘違いしていないか?私はお前と決着をつけに来たわけではない。ベルベットが時神をその身に降ろすまでの時間稼ぎをすることが私の勝利条件。その条件を満たした以上、もうお前と死合う理由はない」
「ふ、ふざけないで!アンタにとってあたしはその程度の存在ってワケ!?あたしは……あたしはアンタを倒すためだけに、これまでずっと……」
が、ヴァーミリオンはそれ以上アネアスに言葉を返さず、移動呪文を使い、その場から消失してしまった。
……一方、その頃。
シアとトーディンと***は、改めて現状を分析しながら、宮殿の奥へと歩みを進めていた。
「……なるほど。今回の異変は、以前戦ったあのベルベットという呪術師が、この宮殿を異世界から出現させたことで生じた厄災だったということか。つまり、この宮殿を再び異次元へ追放すれば、異変は止まるというわけだね」
「はい。そして、ベルベットの目的は……おそらく、この宮殿に封印されている時神をその身に呼び降ろすこと。それだけはなんとしても阻止しないといけません。じゃないと、この世界は……」
「ああ、それはもちろんだけれど……僕は、君の友人であるクラーネ君が、君に何も言わず姿を消したことが気になっているんだ。何か心当たりはないのかい?」
……クラーネ。以前の冒険で、***とシアと共に冒険をした少女の名前。二人の話によると、彼女は異変が起こるのとほぼ同時に行方不明になってしまったのだという。
「卜占術で探知したので、クラーネがここに来ているのは間違いないはずなんです。でも、彼女が一人でここに来た理由は……まだ、わかりません」
すると、シアはうっすらと悲しげな笑みを浮かべる。
「友達だからこそ、彼女は君に相談できなかったんだと思う。というより、僕にはそうとしか考えられないんだよ」
「……え?そ、それってどういう……」
「自分で言うのもなんだけど、僕は人を見る目だけは確かでね。だから、これだけは断言できる。クラーネ君は、間違いなく君のことをかげがえのない友達だと思っている。それゆえに、彼女は……む?シア君、***君、下がってくれ!」
石柱が立ち並ぶ、広々とした中層のホールへ辿り着いた***達。そこで待っていたのは……
「な……!?なぜ、僕の部下達がここに……それに、かつて刃を交えた妖魔まで……」
「お、落ち着いてください!この人達は本物ではありません。多分、私達を動揺させるために、ベルベットが幻を作ったんだと思いますっ」
「……!確かに、蜃気楼のような気配を有している……となれば、攻撃しても問題ないということか。よし、ならばここは僕がなんとかしよう。君達は少しでも力を温存し、て……?シ、シア君?」
トーディンの言葉を耳に入れながら、シアは一歩前へと踏み出す。
「大丈夫です、一緒に戦います。アネアスが一人で戦っているのに、私だけ休むわけにはいきませんから」
それに……と、シアは続ける。
「トルデインさんのおかげで、元気が出ました。私……今なら誰にも負ける気がしませんっ!」
その笑顔に呼応するかのように、トーディンもまた、優しげな微笑みを浮かべた。
「うん。やっぱり君には笑顔がよく似合うよ……けどね、シア君。何か勘違いしているようだけれど、僕はそのトルデインとかいう人ではなく、さすらいの」
「……!来ますよ、トルデインさん、***さん!迎撃の準備を!」
迎撃する
時針剣士バトル
「自らの仲間を模した幻をも打ち貫く……やはり、タダ者ではないようですね。ここはこのタウィルが剣を振るわねばならぬようです。ええ」
幻体達を退けたシアとトーディンと***の前に現れたのは、自らをタウィルと名乗る、剣と盾を持った長髪の女性だった。
「……!***さん、トルデインさん、気を付けてください。どうやら彼女はかなり高位の妖魔のようです。おそらく、この宮殿に呼び降ろされた時神が召喚したんだと思います……」
シアの問いに、タウィルはゆっくりと首を横に振る。
「あなた達が時神と呼ぶ存在に意識や意志といったものは存在しません。私達は時神という概念存在を身に宿した者……すなわち神ではなく、人に従うデバイスにすぎないのです。ええ」
「時神を、身体に宿した人……?い、一体誰がそんなことをしたって言うんです?」
「愚問ですね。ベルベ……あ、今のナシ。つ、仕えているマスターの情報は明かさない。それが我々デバイスにとっての数少なき矜持であり、誇りでもあるのです。ええ」
その言葉に呼応するかのように、タウィルの背後から二人の少女が姿を現した。
「さっすがタウィル姉、イイこと言うなぁ……アト、感動しちゃった!まぁ、別にマスターには正体を言うなーとは言われてないんだけどねっ。メヌエットさんって意外とオープンな……あれれ?ねぇウムル、マスターの名前ってメヌエットさんだっけ?」
アトと名乗った少女がそう言うと、もう一人の小柄な少女ウムルが気だるげに口を開く。
「ぜんぜん違うよ。マスターの名前はモルモットさんだよ。メヌエットさんじゃないよ」
「しーっ!アト、ウムル、いい子だから静かにしててね……コホン。と、とにかく、ベルベッ……あ、今のナシ。マ、マスターは今、大いなる術を行使する準備をしている真っ最中。邪魔をするのであれば、あなた達の生命活動時間をここで停止させるまでです!ええ!」
高らかにそう宣言し、長剣の切っ先をシア達へと向けるタウィル。
「わぁ、やっぱりタウィル姉かぁっくいー!よーし、じゃあ私もヘルメットさんのために……あれ?ねぇウムル、マスターの名前ってヘルメットさんだっけ?」
「ぜんぜん違うよ。マスターの名前はハトポッポさんだよ。ヘルメットさんじゃないよ」
「しーっ!アト、ウムル、お願いだからちょっとだけ静かにしてね。じゃないとお姉ちゃん困っ……ひゃあんッ!?」
突然、タウィルの真横から魔力の弾丸が飛んできた。タウィルは咄嗟に盾で防いだものの、その場から大きく吹き飛び、そのまま壁に激突する。
「……敵のくだらないコントを長々と聞いている場合?そんなんだからアンタはいつまで経っても甘ちゃんなのよ、シア」
「アネアス……!よ、よかったぁ無事で。てっきりやられちゃったかと思って、私すごい心配して……ふぁうっ」
「あーら。あたしがやられるとか、シアったら面白いこと言うじゃないの。どの口がそんなことを言うのかしら……ああ、この口ね……この口なのねぇ……ッ!」
「い、いふぁいいふぁいいふぁい!ふぃっはらふぁいふぇえぇえぇえ~!」
額に青筋マークを浮かべながら、満面の笑みでシアの柔らかい頬をグニグニと引っ張るアネアス。
「うぐぐ……ふ、不意打ちとは卑怯ですよ!どこの誰だか知りませんけど、あなたにフェアな精神というものはないのですか!?」
「ないわ」
起き上がったタウィルの言葉を一蹴すると、アネアスはうっすらと笑みを浮かべる。
「悪いけど……あたし今、標的に逃げられたばっかりでサイッッッコーーに不機嫌なの。シアのほっぺたをグニグニするぐらいじゃストレス解消にもなりゃしない……あら、丁度いいところに敵がいるじゃない。しかも三人も」
そう言うと、アネアスは魔力を滾らせながら杖を構え、戦闘態勢に入るのだった……。
ストレスを解消する
混沌暴悪バトル
「ほ~っほっほっほ!派手にやっておるようじゃのう、スベスベのお肌を持つ我が弟子達よ!」
時空戦士達を退けたあと、最上層にある祭壇へとやって来たアネアス達を待っていたのは――
「残念じゃったのう。この身に宿した時神の力を使い、ついにわしは若返ることに成功……幻術など使わずとも、お主達と同じレベルのプィ~ッチピッチのボディが手に入ったのじゃ!どうじゃ、悔しいじゃろ?そしてビューチフォーじゃろう?ん~ん?」
以前の旅で、***がシアやトルデインと共に打ち倒した邪悪な呪術師、ベルベット……以前は彼女の分身が旅の最後に立ち塞がったが、どうやら目の前にいる彼女は本物のようだ。
「……お久しぶりですね、ベルベット様。確かに美しいお姿でいらっしゃいます……しかし、あなたの目的は世界の時間を止めて、自身の老いを止めることだったのでは?」
「古い!ッツァオールド!確かに、以前は世界の時間を止め、そのうえでわしだけが自由に動けるようになる世界を創り、止まった世界を超絶エンジョイする計画じゃったが……」
チッチッチ……と、微笑を浮かべながら人差し指を振るベルベット。
「時代は神じゃよ、神。時神の力さえあれば、老いを止めることはおろか、若返ることすら可能!いやはや、たまにはヴァーミリオンもベリーグッドなアイデアを持ち込んでくるものじゃ♪」
「……!?じ、じゃあ、時神を呼び下ろすことを最初に提案したのって……」
「んむ、お主の義姉ことヴァーミリオンじゃよ。もっとも、あやつは時神の力に興味があったワケではなく、単純に“神の招来”という、誰も成し遂げたことのない所業を為すことにのみ関心があったようじゃがのう」
アレは根っからの研究者じゃからな……と、興味なさげにつぶやくベルベット。
「まぁ、理由は異なれど、わしら二人の利害は……いや、クラーネも含めれば三人の利害が一致していた、というのが正しい表現じゃの。ほ~っほっほ」
……クラーネ。
その名を聞いた瞬間、シアは不安げな表情を浮かべながらも、一歩前へと出る。
「ど、どういうことです?その言い方だと、クラーネが自分の意志であなたの下へ来たように聞こえます、けど……」
「シア、お主も知っておろう?クラーネの今は亡き親友、フランシスカのことを。そして、彼女の魂を呼び寄せる術をクラーネに教えたのはこのわし。じゃが、その術を使うための触媒を、クラーネは使いきってしまったのじゃよ」
ベルベットは妖艶な笑みをシアに向けながら、淡々と言葉を紡ぐ。
「しかし、時神の力があれば、フランシスカの死ななかった時間軸へと到ることも可能じゃ。ゆえに、わしはクラーネをここへ呼んだ。あやつの願いを叶えてやるために、な」
「……ウソ。あなたは人の幸福なんて望まない。絶望のために幸福を利用する“不幸の呪術師”……それがあなたという人間です!」
「言うようになったのう。そこまでわかっているのなら話は早い。ほれ、この宮殿の下層に生贄の間があったじゃろ?時神の招来には、多大な魔力を内包した人間を生贄にする必要があったものでな……」
瞬間。シアは濁った瞳を大きく見開き、一気にベルベットとの距離を詰めようとした……が、そんな彼女の肩をアネアスが押さえる。
「落ち着きなさい、バカシア。あれはただの挑発。言葉巧みにアンタを逆上させて、罠に嵌めようとしているのよ。あの人お得意の戦法でしょうが」
「でも……でも……ッ!」
「ほ~っほっほっほ!たまらんのう、たまらんのう!幸福の呪術師が絶望へと堕ちる瞬間……やはり、極上の不幸のために幸福は不可欠な触媒じゃのう!」
ベルベットの言葉に踊らされ、心を乱されるシア。それを見たトーディンは、鋭い眼光でベルベットをにらみつけながら、堂々と剣を抜く。
「そこまでにしてもらうよ。もし、これ以上シア君を傷つけるというのなら……」
「ほほ。来ると思っておったぞ、トルデイン。前回はお主と***という想定外の戦力によって野望を阻止されたが、今回はしっかりと対策を練ってあるのじゃ……ガリエン、出番じゃぞ」
すると、ベルベットの背後から、鎧を着た一人の男が現れる。そして、禍々しい邪気を放つその男の姿を見た瞬間、トーディンの表情が凍りついた。
「ぼ、暴王ガリエン!?かつて、皇国を地獄へと変えた、あの……いや、そんなはずはない。あなたは確かにこの僕がトドメを……」
「この呪術師の力で蘇ったのだよ。しかし、我が胸に風穴を開けたことを覚えていてくれたとは。嬉しいぞ……元革命軍のリーダー、トルデイン。それでこそ嬲り甲斐があるというものだ……クァハハハッ!」
二人の強大な敵を前にし、アネアス達は身を裂かれそうな威圧感を覚える……しかし、もはや戦うしかない状況にあることを改めて認識し、アネアス達は各々の武器を手に取った。
「ほ~っほっほっほ!さぁ、かかってくるがよいぞ!このベルベットが、お主達をより深い絶望の淵へと叩き落としてやるのじゃ!」
強敵を退ける
弟子集結バトル
ベルベットとガリエンの圧倒的な力の前に、防戦一方のアネアス達。しかし……
「……!?な、なんじゃこりゃあああ!?力が、制御できなく……ま、まさか、召喚陣にミスがあったとでも……ほ、ほぎゃああああ!のーみーこーまーれーるうううぅーーー…………」
突然、ベルベットは時神の制御力を失い、頭上に出現した次元の孔に飲み込まれる。すると、魔力の供給元を失った暴王ガリエンの体も骸と化し、砂となり朽ち果てた。
そして……時を同じくして、大きな地震が発生する。どうやら、突として憑依先を失ったことで時神が暴走し、力の波となり宮殿の外へ溢れ出ようとしているようだ。
「マ、マズイわ。誰かがここに残って時神を引き受けないと、地上が飲み込まれ……って、シア!?こんな時になにしてんのよ!?」
冷静な様子で祭壇の床を調べているシア。よく見ると……床には細い隙間があり、しかも先ほどの地震の影響で小さな穴が開いていた。
「……アネアス達は先に戻ってて。この先に、彼女の魔力を感じるの」
そう言うと、シアは一人で穴を降りていってしまう。
「ま、待ちたまえシア君!君が残るというのなら、僕も……」
「……あーもう、ほんっとバカばっかり。あのねぇ、アンタ皇帝でしょうが!アンタには待っている人がたくさんいるんだから、さっさと脱出なさいな!あの子はあたしが絶対に連れ戻すから!」
戸惑う皇帝に強く言い聞かせ、アネアスも穴を降りる。そして、彼女のパートナーとして世界を見届ける覚悟を決めた***もまた、アネアスの後に続いた。
……祭壇地下。薄暗い広間へやって来た***とアネアスの視界に入ったのは、シアの親友であるクラーネが巨大な骨の怪物にまたがり、シアに攻撃を加えている光景だった。
「……お願い、シア。時神はこの宮殿と一緒に私が引き受ける。その力で、私は……フランシスカの死ななかった世界へ行くの。邪魔、しないで」
時神の力で、今は亡き親友の死ななかった世界へ行く……どうやら、クラーネの目的はベルベットが口にしていた通りのようだ。
「クラーネ、私と一緒に帰ろう?私と……私と、一緒じゃ…………ダメ、なの?」
「…………。私、いつも罪悪感を抱きながら生きてた。私の親友は……フランシスカは、私を庇って暴王に殺された。あの時、私が彼女を庇うこともできたはずなのに……私は、それをしなかった」
でも……と、弱々しく言葉を紡ぐクラーネ。
「あの“死”がなかった世界へ行けば、生きているフランシスカに会えて、私もこの罪悪感から解放される……それが、この世界からいなくなってでも、私がやり遂げたいこと。だから、お願い……邪魔を、しないで」
膠着状態にあるシアとクラーネ。そんな二人の間に、アネアスが割って入る。
「喧嘩中のところ悪いのだけれど。この世界を救うには、誰かが暴走する時神を引き受けて、その人がこの宮殿を再び異次元へ追放しなきゃいけないのよね。それができるのは当然、呪術師だけ……要するに、あたし達三人のうち、誰か一人はここに残る必要があるってこと」
一堂に会したベルベットの弟子達。しかし、誰か一人は……
「クラーネ、だったわね。アンタがここに残るって言うのなら、あたしは止めないわ。ていうか、そうすればアンタは目的を果たせるワケだし、この世界も救われる。一石二鳥ってヤツね」
「アネアス!そんな、そんな言い方……!」
「でも事実よ、シア。ていうかアンタ、あの子の親友なんでしょ?だったら、黙って見送るのも親友としての…………シア?」
「……違うの、アネアス。クラーネは、私なんかよりずっと強い心を持ってるの。だから、心の弱さに敗けて、神の力を求めるようなことはしない。まだ……まだ、何か他に理由があるんだよ」
こうなったシアはテコでも動かないことを、アネアスと***はよく知っていた。が、近づこうとすればクラーネは容赦なく反撃に転じてくる。
「……はいはい、わかったわよ。誰がここに残るかとかは一旦抜きにして、まずは彼女を収めて本音を聞き出す。そのあとのことは、またその時に考える。それでいいわね?」
「うん…………ありがとう、アネアス」
……こうして、アネアス達はクラーネの反撃を掻い潜る決意を固めるのだった。
本音を聞き出す
エピローグ
一瞬の隙を突き、アネアスは杖の先端をシアの首筋に押し当て、まどろみの術をかけた。
「……ごめん、アネアス。損な役……任せちゃって」
眠るシアの体を抱えながら、アネアスはクラーネの声を耳に入れる。どうやら、クラーネは戦闘中に“シアのためにシアを止めてほしい”と、アネアスに念話を送っていたようだ。
「ねえ。アンタ、本当は亡くなった親友のところへ行こうだなんて、これっぽっちも思ってないんでしょ?」
「…………。どうして、わかったの?」
「しいて言うなら、女の勘ね。アンタの目が、あたしには何かを守る決意をした目に見えたっていうか。で、アンタの守りたいものといえば、まぁ……あたしにはこの子しか考えられないし」
アネアスの言葉に、クラーネは優しげな表情で首を横に振る。
「シアだけじゃない。シアと、シアのいるこの世界が好き。けど、このままじゃ私の好きな世界が飲み込まれちゃう……だから、誰かがここに残って、暴走した時神を引き受けないといけない……」
「……なるほど。最初から一人でベルベットの野望を阻止するつもりだったのね。心が弱いふりをしてあの人に近付いて、時神の召降陣に細工をして、あの人が時神を制御できないようにした。あとは自分が時神を引き受けて、この宮殿と共に消える。こんなところかしら」
全てはシアを巻き込まないため。結果として彼女はここまで来てしまったものの、事はクラーネの描いたシナリオ通りに進んだ、といえるだろう。
「……アネアス。シアは、あなたと別れてからずっと、あなたのことばっかり心配してた。だから……シアのこと……お願い、ね……?」
自ら礎になる覚悟を決めたクラーネに対し、アネアスは何か言葉を掛けようとした。その時……
「行け。時神は私が引き受ける。この宮殿と共に他次元へ旅立つのが、元より私の目的だからな」
「なっ、ヴァーミリオン!?なんで、アンタが……」
「神を呼び下ろすという行為は呪術の最終到達地点。少なくともこの世界においてはな。それに成功した今、私がこの世界にいる理由はなくなった。この宮殿は様々な次元を漂流する箱舟……私はこの宮殿と共に、異なる世界へ渡ることにするよ」
突然のことに言葉を失うアネアスとクラーネ。今、この空間において冷静なのはヴァーミリオンただ一人……。
「アネアス。私がお前から家督を奪ったのは、お前の家に伝わる奥義が時神を呼び下ろすうえで必要な術の一つだったからだ。ゆえに私は養子としてお前の家に潜入し、結果としてお前から全てを奪ってしまった。すまなかったと思っているよ」
「な……によ、それ。今になって、謝るとか……」
「私はな、自らの探究心を抑えられないのだよ。いつだって私は呪術の探究のために生きてきた。それ以外の生き方を……楽しみ方を知らなくてな。お前の思っている以上に、私はとんでもなく不器用なんだ。だが……」
ヴァーミリオンはアネアスの瞳を見つめながら、ほんのりと微笑を浮かべる。
「五年前……欺いていたとはいえ、お前と共に過ごした日々は楽しかったよ。人と共にいるのが楽しいと感じたのは、あれが最初で最後だろう。礼を言わせてくれ、アネアス」
「……ッ、綺麗事なんか聞きたくない!アンタはあたしにとって越えなきゃいけない相手なの!勝ち逃げなんて、絶対に許さない!だから……だから…………」
姉さん……と、肩を震わせながら小声でつぶやくアネアス。
「優しいな、お前は。その優しさは私にはない強さだ。その強さがある限り、お前が道を見失うことはないだろう…………さぁ、行け。そして生きろ、アネアス」
……アネアスは言いたいことの全てを飲み込み、クラーネと、眠るシアを抱えた***と共に宮殿から脱出した。ほどなくして、時神の宮殿はこの世界から完全に姿を消し、世界を覆っていた異変は完全に止まり、久しぶりの青空がやって来たのだった。
「……?アネアス。どこに、行くの……?」
何も言わず、どこかへ歩き出そうとしたアネアスの背中に、クラーネは声を掛ける。
「さあね。生きる目的を失ったワケだし、ひとまずはそれを探す旅にでも…………って、なにしてんのよ。服、掴まないでくれる?」
「ちゃんと、お礼したい。それに、損なことさせちゃったお詫びも……だから、一緒に皇都……来て?」
「イ、イヤよ。あたしは馴れ合いとかそういうのニガテっていうか。ねぇ、***からも何か言ってやってよっ」
しかし、今回の旅はアネアスがいなければ、シアもトルデインも……クラーネも無事ではすまなかったかもしれない。お礼を受ける理由は十分にある……と、***はアネアスを諭す。
「……あーもう、わかったわよ!ただし、***にも付き合ってもらうからね!皇都に行くのは初めてだから、しっかりエスコートするように!あと、シアの顔にラクガキさせなさい。そのぐらいさせてくれないと、割りに合わないわ!」
そう言うと、アネアスは悪戯じみた笑顔を浮かべながら、眠るシアの頬に筆を走らせる……。そんな平和な光景に安心感を覚えた***は、新たな世界へと旅立つ……前に、しっかりとアネアスを皇都まで送ることにするのだった。
呪戎アヴニール 混沌の刻完
story by 間宮桔梗
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