砕幻の夢界ダイバー_本編
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story by 間宮桔梗
227:砕幻の夢界ダイバー 夢界出勤編
プロローグ
「すみません、昼休みの時間に呼び出してしまっ……。あ、あの、ケンタロー先輩。なんだか顔色が悪そうですけど、大丈夫ですか?」
「ん?ああ、このぐらい平気さ。研修の資料作るのに三日徹夜しちまったけど、テオブロミンたっぷりのチョコと新発売のエナドリ補給したから問題ナシ!」
「…………。ま、まぁ、先輩がそう言うのであれば。でも、本当にキツイ時は言ってくださいね?先輩の体調面をサポートするのも、私の仕事の一つですから」
ケンタローの体を本気で心配しながらも、ひとまずカリンは新たに発生した“イタズラ事件”についての詳細をケンタロー達に伝えることにする。
「今回のターゲットは、清純派ご当地アイドルユニット“える☆え~る”でセンターを務めているRINKOという方です。先輩、御存知ですか?」
「……ッ!バラード界のお姫様って言われてる、あのRINKOか?最近テレビでも引っ張りだこの。うちの妹が大ファンなんだ」
組織が手に入れた情報によると、RINKOは絵に描いたような大和撫子で、物腰丁寧なアイドルなのだという。が、数日前……突然、RINKOは目を疑うような奇行に走った。
「ファンのことをクレイジーフレンズと呼び始めたり、曲をパンク路線に改変したり、ユニット名を“キル†オ~ル”に改名しようとしたり……。あまりの変わり様に、メンバーもスタッフも戸惑っているみたいです。しかも明日、ここの特設ステージで生放送ライブがあるんだとか」
「そ、そりゃマズイな。ライブ中にRINKOが妙な行動を起こしたら、える☆え~るのイメージが全国レベルで大変なことになる。俺の妹もショックで学校に行かなくなっちまうかもしれん」
「……幸い、RINKOさんの奇行はまだファンには知られていません。そして、今日はここでリハーサルが行われるんです。なので、RINKOさんがステージに出てきたら、私が彼女の精神世界に先輩と***さんを潜入(ダイブ)させ……あっ。き、来ましたよ!」
特設ステージに視線をやると、そこには清楚な衣装に身を包んだ“える☆え~る”のメンバーが、どこか沈んだ面持ちで並んでいた。その中には、一人だけ不気味な笑みを浮かべている少女、RINKOの姿もあった。
「あ、ありゃ間違いなく何か起こしそうだな。しかも野次馬も増えてきちまってるし。このままじゃライブ前にネットで悪評が拡散しちまうぞ……。カリン君、すぐに俺達をダイブさせてくれ!」
「了解致しました。では、魂を飛ばしますっ!」
カリンはラクロススティックを使い、ケンタローと***の魂をRINKOの精神世界へダイブさせる。すると、そこには……
「WHOOOOOOO!よく来ましたわねぇクレイジーフレンズども!テメェら、ZIGOKUにぶっ飛ぶ準備はできてんでしょうねェ!?ンーフーーン!?」
派手なヘヴィメタファッションに身を包んだRINKOの意識体が、イカついポーズを決めていた。
「か、変わりすぎだろ……。つーか、やたらと禍々しいオーラを放ってるんだが」
「そのオーラが“心を歪められた者が放つ気配”です。どうやらビンゴだったみたいですね……」
ケンタローと***の後ろには、特殊な力で姿だけをこの世界に投影しているカリンが立っている。
「先輩、***さん。くれぐれも彼女の命を奪わないようお願いします。精神世界で命を落とした人は廃人になってしまう危険性があるので」
「……そういや、金髪娘がそんなこと言ってたな。つっても、彼女の歪んだ心を正すには戦うしかないんだよな?」
「はい。とはいえ、先輩達が狙うのはあくまで“彼女の心を歪めている元凶となっているもの”です」
心を歪められた意識体は必ず“歪みの元凶であるアイテム”を持っている。それさえ壊せば、心の歪みは元に戻る……と、カリンは語る。
「私には精神世界で戦う力はありません。が、力を応用して“歪みの元凶”が何なのかをスキャンすることができます。もっとも、スキャンを行うには時間が掛かってしまうので……」
「その間、俺とかいちょ君が時間を稼げばいいってワケか。了解、そうと決まりゃ……行くぞ、***君!記念すべき俺達の初仕事だ!」
ケンタローは二本の心剣、"ブラック"と"ホワイト"を構え、***と共にRINKOとの距離を詰める。
「ンーフーーン?なんですかテメェら、ライブを邪魔するつもりですかァ?上等……欲望をFULLで解放したあたしのメタリック・ハウリングで、魂ごとブッ飛ばしてやりますわよォ!」
目の前の者達を敵とみなしたRINKOは、マイクを片手に戦闘態勢に入った……。
リズムを制する
ランキングに関係なく、一定数の【砕幻メダル】を集めると役立つアイテムが貰えるらしいぜ。
ランキングに関係なく、一定数の【砕幻メダル】を集めると役立つアイテムが貰えるらしいぜ。
うおっ!差し込みの仕事か!?
アイテムショップで手に入る「アレスの鍛錬書」を使えば、すぐにLv80になれるってさ。白日昇天ってヤツか!
「土地力」は労働者の命みたいなもんだ。いっぱい溜めて、いっぱい働こうぜ!
どんなにでっかい仕事でも、協力すりゃなんとかなるさ!
営業に出ても恥ずかしくない恰好にしてくれよ……?
強い敵を倒せば多くの【砕幻メダル】が貰えるらしい。 敵の情報は、他のプレイヤー達がイベント掲示板で教えてくれる。 積極的に活用していこうぜ! クエストか。
ま、三日完徹コースよりかは楽そうだな!
ダイブする
改造遊戯バトル
「了解!よし、***君。一気に決めるぞ…………必殺、有給消化斬ッ!!」
***のフォローにより、ケンタローはRINKOの持っているマイクを剣で両断することに成功した。すると、RINKOは我に返ったかのような様子で自らの姿を眺める。
「こ、こんなのはあたしじゃ……ない、こともないか。きっと、これも自分なんだ。あたし、本当はバラードばかりじゃなくて激しい曲も歌いたかった。今のグループじゃそれができなくて……でも、そんなことを言ったら皆から軽蔑されると思って」
だから、いっそ全てを壊してしまえばいいと思うようになった……と、RINKOの意識体はどこか悲しげな様子で語る。その様子を見たケンタローは、不器用ながらも言葉を紡ぐ。
「まだ本音を誰にも伝えられてないんだろ?なら、まずは言葉にしてみればいいんじゃないか。やらずに後悔するより、やって後悔ってやつだ!なっ、俺も妹も応援してるからさ!」
「…………。う、うん。ちょっと怖いけど伝えてみる。ファンの皆からもらった勇気を振り絞って、ちゃんと……自分の言葉で……」
RINKOの微笑みと共に周囲が真っ白に染まる。気が付くと、ケンタロー達は現実世界へと戻っていた。ステージの上を見ると、そこにはいつもテレビで見るような、おしとやかなイメージのRINKOの姿があった。
「お二人とも、見事な腕前でした。それに、なんというか……二人の戦い方は見ていてすごく心地が良かったです。相手を気遣って、守るために戦っているような。以前に私と組んでいた人とは違って、優しい力を感じました」
「そ、そうかい?そう言ってもらえると……ん?以前に組んでいた人?」
「あ、はい。私、数か月前まではケンタローさんと同じ力を持った別の人と組んでいたんです。でも、その人は必要以上に相手を痛めつけようとする人で……あ。し、失礼しましたっ。本人がこの場にいないからって、こんなこと言っちゃダメですね……」
どこか弱々しい笑みを浮かべるカリンを見て、ケンタローは何か声を掛けようとする……が、それを遮るようにカリンのスマホが鳴った。
「次の指令がきました。ターゲットは小学生の鈴木留樹(ルージュ)君。組織の情報によると、彼は公園で遊ぶ子ども達が持っているおもちゃや、お店のおもちゃに危険な改造を施して回っているようです。まぁ、一日に複数回のダイブは負担が大きいので、この任務はまた明日以降……」
「いや、すぐに行こう。俺、思ったんだ。もしあと一歩遅かったら、RINKOちゃんの人生は大きく狂っていたかもしれないって。それに、おもちゃの改造なんて下手すりゃ器物損壊罪だ。その子の将来のためにも、一日でも早く……んむっ?」
カリンは落ち着いた様子で、ケンタローの口元にそっと人差し指をそえる。
「先輩が人一倍強い正義感を持っているのはよくわかりました。けど、ダメなものはダメです。ヒーローは体が第一なんですから。それに、***さんの体にだって負担が掛かっているんですよ?」
「……ッ!そ、そうだった。すまない、***君!君の力を借りておきながら、俺は自分のことばかりを優先して……どうか、許してほしい!」
熱くなってしまったことを認め、ケンタローはかいちょに深々と頭を下げる。突然のことに戸惑いながらも、***は彼の誠意をしっかりと受け止めた。
……そして、翌日の昼過ぎに再び集合したケンタロー達は、町のおもちゃ屋で販売されているおもちゃを片手に、キョロキョロと怪しげに周囲を伺っている少年を発見する。
「いかにも“怪しいことしようとしてるよん♪”って感じだな……。よし、カリン君!飛ばしてくれ!」
カリンの力で、ケンタローと***はルージュ少年の精神世界へダイブした。
「やあ、僕の庭にようこそ!ここは僕だけの世界……うるさいママもいじめっ子もいない、おもちゃだらけの夢の世界なんだ!一言で言うと、僕の理想郷さっ!」
たくさんのおもちゃで溢れたルージュの精神世界。しかし、彼はRINKOと同じように“心を歪められた者が放つ気配”を全身に纏っていた。
「悪いんだけどさ。この世界に入っていいのは僕とおもちゃ達だけなんだ!えーっとね、一言で言うと…………邪魔だから消えてくれないかなぁ」
すると、ルージュの周囲を様々なおもちゃ達が舞い始めた。それら一つ一つが、ケンタロー達に明確な敵意を向けている。
「カリン君のスキャンが済むまでは、このおもちゃ達を相手にしなきゃいけないみたいだな。よし、行くぞ***君!」
おもちゃと遊ぶ
警備突破バトル
「……僕、今までおもちゃの一つも買ってもらえたことがないんだ。それに、同級生達は毎日遊んでるのに僕だけはママの言いつけで毎日塾通い。だから、楽しそうにしてるヤツらが羨ましくて、ウザくて。そんな時、背の高い男の人が教えてくれたんだ。楽しそうにしてるヤツらにイタズラしてやれって」
正気に戻ったルージュの意識体は、涙目になりながら懺悔するように自分の想いを口にする。すると、カリンがゆっくりとルージュの元へと近づいていく。
「自由を許してくれない親の元に生まれると、毎日窮屈だよね。私もそうだから……キミの気持ち、すごくわかる。でも、心まで窮屈になっちゃダメだよ。自分の心を救えるのは結局、自分だけなの。だから、自分にだけは絶対に負けちゃダメ」
「……!そっ、か。僕だけじゃ、ないんだ……。ね、ねえ。僕もお姉ちゃんみたいに、立派な大人になれるかな……?」
「うん。自分の気持ちをしっかりと口にできるキミなら、絶対にカッコイイ大人になれるよ」
その言葉に満足したのか、ルージュの意識体は健やかな表情でカリンに礼を言った。すると、周囲が真っ白な光に包まれ……次に目を開いた時、ケンタロー達はすでに現実世界へと戻っていた。
そして、現実世界のルージュは何かを決心したような顔つきで、おもちゃには触れずその場を後にしたのだった……。
「……寂しい想いをしている子どもの心を操るなんて、許せない。ケンタロー先輩。私、なんとしても黒幕を見つけたいです」
「ああ。俺も同じ気持ちだ、カリン君。ひとまずルージュ君のおかげで黒幕が“背の高い男”だってことはわかったな。この調子で町の人を助け、ながら……黒幕の情報……集め、て…………っ」
「……!ケ、ケンタロー先輩、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。ちょっと眩暈がしただけだ。いや、ここんとこ会社に連泊しててさ。上司の一人が急に会社に来なくなっちまって、その分の仕事を任されてて。今日もすぐに戻って続きやらねーと……」
「…………。あの、先輩。やっぱりこのままの生活じゃ先輩がもたないと思うんです。お願いですから、苦しい時は私を頼ってください。それとも、私では……頼りに、なりませんか……?」
「なっ。そんなワケないだろう!というか、俺は君の顔を見るだけで元気に」
「…………へ?」
「なななんでもないマジ超なんでもないっす!と、とにかく俺は大丈夫だから。次の指令が来たら遠慮なく呼んでくれ。じゃあなカリン君、***君!」
日に日に疲労を溜めていくケンタローの身を案じるカリンと***。しかし、そんな彼の体を追い込むかのように、翌日の早朝に新たな指令が下り、ケンタロー達は近くの公園に集合した。
「ターゲットは会社員の皆崎秋穂さんです。特にイタズラをしているというわけではないようですが、ある日を境に自宅から出て来なくなってしまったらしいです。仕事に生きがいを感じていて、職場ではいつも張り切っていたのに突然人が変わったように……せ、先輩?唖然としてますけど、何か?」
「…………。その人、昨日言った俺の上司だ」
ケンタローは身近な人物に魔の手が及んだ可能性があることに動揺しながらも、カリンと***と共に皆崎秋穂が住んでいるマンションの一室へと向かい、ドアの前のインターホンを押す。すると、ほんの少しだけドアが開いた。
「あ、皆崎さん。俺です、ケンタローです。すみません、急に押しかけ……あっ、ちょ、ちょっと!まだ閉めないでくださいよ!」
部屋の中にいた女性は虚ろな瞳のまま、強引にドアを閉めようとする。
「カ、カリン君!頼む、早く!」
一度閉められてしまえば、もうドアを開けてもらえないかもしれない。そう考えたケンタローは、ドアが開いているうちにカリンに魂を飛ばしてもらい、***と共に皆崎秋穂の精神世界にダイブした。
「侵入者発見。我が家を脅かす異分子め……警備員特権により、ただちにお前達を排除するッ!」
そこには、フォーマルなレディーススーツに身を包んだ皆崎秋穂……ではなく、軍人のような服装をした皆崎秋穂の意識体の姿があった。
「み、皆崎さんが自宅警備者になるなんて天地がひっくり返ってもあり得ねぇことなのに……!くそっ、卑劣な黒幕め!***君、すまないが力を貸してくれ!」
すでにカリンはスキャンを始めている。それを確認したケンタローと***は、武装した自宅警備者の攻撃に備えるのだった……!
警備を掻い潜る
給仕少女バトル
「……会社の期待に応えたくて、寝る間も惜しんで働いてきた。だが、私は見た目ほど気丈な女ではない。一度でもミスをすれば全てを失うのではないのかと、膨らんだ期待の重さに押し潰されそうだった。だから、全部投げ出して一人になりたいという想いをずっと抱いていたんだ……」
働くのが辛い……そう語るアキホの意識体に、ケンタローは戸惑いを覚えながらも言葉を掛ける。
「それでも皆崎さんは理想の上司です。俺を教育してくれたのは皆崎さんですし、あなたが頑張っている姿は皆を元気づけていた。だから、今度は俺が……俺達部下があなたを元気づける番だ。一人で辛いと思った時は、どうか俺達を頼ってください!」
「……!そう、だったな。私にはお前のような優秀な部下がいる。一人で気負う必要などなかった。そんなことにも気付かなかったなんて、私もまだまだ……だな」
アキホがそう言うと、周囲は真っ白な光に包まれ始めた。
「それにしても妙だな。いや、変な話なのだが……私は確かに不安を抱いていた。が、その不安を自覚し、向き合うことができていたはずなんだ。しかし、ある男に出会った時、急に不安が強まったような感じがした。ヤツは一体……くっ、思い出せん」
その発言と共に、ケンタロー達は現実世界へと戻った。そして、ケンタロー達がマンションから出てほどなくして、アキホはスーツ姿で外に現れ、真っ直ぐ会社へと走っていった。
「よし、これで……皆崎さん……は、もう……あんし……ん…………っ」
「……!ちょっ、ケンタロー先輩!?大丈夫ですか!?」
突然、ケンタローはフラフラとその場に倒れてしまう。どうやら、肉体の疲労が限界に達してしまったようだ。
「す、すごい熱……!やっぱり無理していたんですね……。***さん、ここからなら私の家が近いです。申し訳ないのですが、彼を運ぶのを手伝っ」
カリンがそう言いかけた時、彼女のスマホに長官のキャンディから緊急連絡が入った。
『たった今、悪いニュースが入った。最近、とあるファミレスで料理の中に激辛タバスコを混ぜたり、店のドリンクサーバーの中身をわざと入れ替えたりといったイタズラが横行しているらしいのだが……容疑者の一人として、バイト店員である清水君の妹の名前が挙がっている』
「……なっ。ウ、ウソ……だろ。メグ、が……?」
長官の言葉を耳にしたケンタローは、息を切らしながらゆっくりと立ち上がる。
「ダ、ダメです先輩!そんな状態で行っても戦えません!それに、もし精神世界で命を落とせば廃人になってしまうかもしれないんですよ!?」
「それでも……行く。た、頼む……俺の、たった一人の……大事な妹なんだ……。今、行かなかったら……一生、後悔しちまう……っ」
どうやら、何を言っても行く気のようだ。彼の強い決心を見た***は、いざという時は自分がなんとかする……と、強引にカリンを納得させる。
「す、すまん……カリン君、***君……」
ケンタロー達はタクシーを拾い、彼の妹がバイトをしているファミレスへとやって来た。すると、店裏でタバスコを片手に不敵な笑みを浮かべている、ケンタローの妹の姿を発見する。
「危険だと判断したらすぐに切り上げます。どうか、ご武運を」
後悔の念に苛まれながらも、カリンはケンタローと***の魂を彼女の精神世界へダイブさせる。
「……アニキは私よりも仕事の方が大事なんだ。私のコトなんてどうでもいいんだ!なら、私が何をしたって私の勝手だもんッ!」
そこには……心を歪められた者が放つ気配を身に纏った、ケンタローの妹の意識体の姿があった。
「メグ……!ま、待ってろ。今、兄ちゃんが助けてやるから」
「助ける……?私に辛い想いをさせたのはアニキじゃんッ!この間も、仕事が終わらないからって約束ドタキャンして!私が……私が、どれだけ楽しみにしてたか……」
メグは間違いなく心を操作されている。しかし、発せられたその言葉に偽りは感じられない。
「……っ。お前がそこまで思い詰めてなんて……悪かった。気付いてやれなくて」
しかし、今の状態の彼女に言葉は届かない。ケンタローは複雑な感情を抱きながらも、***と共に戦闘態勢に入るのだった。
正気に戻す
有給希望バトル
「……ごめん、アニキ。本当はわかってた。私が大学に行くために仕事がんばってくれてるんだよね。なのに私、アニキに甘えてばっかり……」
「謝るのは俺の方だ。父さんも母さんもいなくて寂しかったよな。俺が親代わりになるって約束したのに、傍にいる時間を作ってやれなかった。すまん……」
メグが頬から一粒の涙を零すと、周囲は真っ白な光に包まれ……気が付くと、ケンタロー達は現実世界へと戻ってきていた。そして、メグはどこか吹っ切れた様子で店の中へと戻って行った。
……それを見届けた直後、ケンタローは意識を失った。
「…………?あ、あれ。ここは……」
重い体を無理やり動かしながら周囲を見渡すと……そこは、見覚えのあるオフィスだった。
「この感じ……もしかしてここ、俺の精神世界か?」
ケンタローの手には二本の剣が握られている。つまり、ここは彼の精神世界であるはずなのだが……。
「お?なんだこいつら……って、うおおっ!?あぶあぶぁあっぶねぇ!?」
周囲には、武装をした悪魔のような者達の集団が立っていた。そして、彼らはケンタローを見つけた瞬間、突然攻撃を仕掛けてきたのだった。
「な、なんで俺の精神世界にこんな変なヤツらがいるんだ?って、今はそれどころじゃないな。とにかく逃げねーとっ」
さすがに多勢に無勢と判断し、ケンタローは敵の集団から逃走を図る。しかし、敵の動きは予想以上に素早く、気が付くとケンタローは壁際に追いつめられてしまっていた。
「くそっ。万事休すか……!」
負けを覚悟で戦うしかない。ケンタローがそう判断しかけた時、敵の集団は視線をケンタローから外した。そして、彼らの視線の先には……
「ケンタロー先輩、無事ですか!?」
「カ、カリン君!?それに***君も……うおっ、金髪娘まで」
「ク~ックックック!部下のピンチに颯爽と駆けつける上司……我ながら最高のポジションだと思うのだが、どう思うかね?」
カリンと***。そしてカリンの緊急要請を受けたキャンディが現れ、戦況はなんとか五分五分の状態となった。
「カリン君。すまないが状況を教えてくれないか?なぜ俺の精神世界にこんな変なヤツらが……?」
「……彼らは人の精神世界に侵入し、心を破壊しようとする霊的な異分子です。おそらく、町の人達の心を操っている黒幕が、先輩の精神世界に向けて放ったのでしょう」
人間には精神を守るための“心の障壁”がある。本来はその障壁が防御の役割を果たし、異分子達の侵入を阻んでいるのだが……。
「極度の疲労によって、先輩の肉体と精神には大きな負荷がかかってしまったんです。その結果、心の障壁の力が弱まってしまい、異分子の侵入を許してしまったのだと思います。すみません、私がもっとしっかりしていれば……」
「……それは違う。カリン君と***君は、何度も俺のことを気遣ってくれた。なのに、俺は大丈夫だと自分にも周りにも言い聞かせて、結局倒れてしまった。ぜんぶ……俺の責任だ」
後悔の言葉を口にしながら、ケンタローはフラフラな状態ながらも剣を構える。
「俺、この戦いが終わったら……有給取って、妹と旅行にでも行ってくるよ。そのためにも、まずはこいつらをなんとかしねーと、な……!」
新たな決心と共に、ケンタローは異分子達との戦いに挑むのだった。
有給のために戦う
魔剣少女バトル
そして、優しいラベンダーの香りと共にケンタローが目を覚ますと……そこは落ち着いた雰囲気が漂う、見慣れない部屋の中だった。
「カ、カリン君?ここは一体……そもそも、なぜ俺はベッドの上に……」
「ここは私の家です。先輩、あれから三日間眠っていたんですよ」
「三日も!?というかカリン君の家って……ん、じゃあこのベッドは……ぁえ、えぇええっ!?」
「あ、まだ動いちゃだめです。組織所属の医者に診てもらったとはいえ、起きたばかりなんですから」
なんとか頭を整理したケンタローは、ひとまず大きく深呼吸をする。
「メグは……俺の妹は、その後無事なのかい?」
「安心してください。一度心を操られた人は精神に免疫ができるんです。なので、今まで助けた人達が再び操られることはありません。それに、組織の監視役が見張っているので、万が一ということは起こらないでしょう。あ、会社の方にも連絡済ですので、こちらもご安心を」
ならよかった……と、ケンタローは安堵の息を吐いたあと、ゆっくりと上半身を起こす。すると同時に、カリンのスマホにキャンディから緊急連絡が入った。
『緊急事態だ!君達が町の人達を救っている間、うちの調査員であるジェラトという隊員がある人物を追っていたのだが……どうやら、そのジェラト君が心を操られてしまったらしいのだ』
険しい声色で、キャンディは続ける。
『もし彼が組織のことを世間に公表するような真似をすれば、世間はパニックに陥ってしまう。私も今***君と共に現場へ向かっている。至急、君も清水君と現場に向かってくれ!』
「ま、待ってください。先輩はまだ起きたばかりで……あっ」
「すぐに行く。ただ、その前に教えてほしい。あんた達はその“ある人物”とやらが人の心を操ってる張本人だと踏んでいるんだろ?一体、そいつはどんなヤツなんだ?」
カリンからスマホを奪い取り、キャンディに直接質問をするケンタロー。
『浜谷光正。清水君がカリン君と組む前、彼女とペアを組んでいた元組織の人間だ。ある日を境に突然、組織を抜けてしまったのだが……。どうやら彼が黒幕とみて間違いなさそうだ』
「……ッ!?ウ、ウソ。あの人が……。じゃあまさか、あのコトがきっかけで……?」
長官から告げられた言葉に大きく動揺するカリン。どうやら彼女は、黒幕が事件を起こした動機に心当たりがあるようだ。
「了解。ひとまずカリン君と共に現場に向かう」
「せ、先輩、無理してはダメです。まだ休んでいないと……」
「信じてもらえないかもしれないけど、本当にもう大丈夫なんだ。それに、犯人は俺に近しい人間を手に掛けて、ついには俺にも攻撃を仕掛けてきた。次は君や***君を狙う可能性もある。絶対に放ってはおけない」
「……ウソ、ついてませんか?自分に大丈夫だって言い聞かせて、無理していませんか……?」
「ああ、ウソじゃない。決めたんだ。俺は君の前ではどんな時でも正直にいると。だから……行こう、カリン君!」
ケンタローはカリンと共にキャンディに指定された場所……町の観光名所でもあり、電波塔としての役割も果たしている『ファイブ・タワー』の入り口へ向かい、キャンディと***と合流を果たす。
「よぉ。来ると思ってたぜぇ、スタークの犬ども。悪いがここから先は通すなとコウセイ様に言われているんでねぇ。通りたければ、力ずくでこの俺……ジェラト様をどかすことだなぁ」
すると、タワーの入り口から一人の少年が現れ、ケンタロー達の道を塞ぐ。どうやら彼が心を操られてしまった調査員ジェラトのようだ。そんな彼の姿を見たキャンディが、一歩前へと出る。
「ではお望み通り力ずくで!と行きたいところだが、心を操られている者を現実世界で不用意に刺激すると、その者の精神が崩壊する危険性があるのでな。それに、下手に騒ぎを起こして我々のことが表沙汰になるのは避けたい……というわけで立花君!いつも通りシュパパーンッと頼むぞ!」
カリンの力を使い、ケンタローとキャンディーと***はジェラトの精神世界へとダイブした。
「……ん?ど、どういうことだ。彼以外にも他に二人いるぞ。精神世界にいる意識体は普通一人じゃないのか?というか彼女達、見覚えがあるような……」
「ハッ、この二人を知らねぇとは……恥を知りな、兄ちゃん。彼女達はなぁ、俺が神アニメ認定した“悪人轟殺☆ズッキュンブレーダーズ”に登場する超人気キャラクター、ティラたんとスフレたんだ。ここは俺の精神世界……つまり、妄想を具現化することだって不可能じゃないのさぁ」
「ズッキュンブレーダーズ……あ、思い出した。火曜日に第二期が放送してるやつだろ?そのアニメに連動してるアプリのシステム構築、俺が担当してるんだ」
「な、なんだと!?まさか、業界関係者だったとは……恐れ入ったぜぇ兄ちゃん。どうやら相手にとって不足はねぇようだなぁ!!」
ジェラトは大好きなアニメキャラクター達と共に、戦闘態勢に入った……。
ズッキュンする
格闘悪魔バトル
「くっ、すまねぇ長官……俺としたことが敵に操られちまうとは。だが、お前達も気を付けてくれ。どうも、黒幕の浜谷光正は“悪魔”とかいう異質な存在から力を受け取っているらしい」
「……悪魔?ど、どういうことかねジェラト君。詳しく説明したまえっ」
ジェラトの話によると、彼は黒幕であるコウセイを追い、目の前にある『ファイブ・タワー』へと入った。
その瞬間、彼は自分の精神世界にダイブされてしまい、二人の悪魔とコウセイの襲撃を受け、気が付いた時には心を操られてしまったのだという。
「妙だな。スタークに所属していた時の彼は清水君や私と同じように、立花君の力無しでは他人の精神世界にダイブなどできなかったはず。ましてや異分子を放ったり、心を操る力など……」
だが、その悪魔とやらから力を受け取ったのだとすれば合点がいく……と、キャンディは冷静に分析する。
「ヤツはまだタワーの中にいるはずだ。追いつめるなら今しかねぇと思うぜぇ、長官……」
「……ふむ、了解した。ジェラト君は基地に戻って体を休めたまえ。清水君、立花君、***君。連戦になるかもしれんが、ついてきてくれるかね?」
キャンディの問いに、首を縦に振るケンタローと***。すると、どこか落ち込んだ様子のカリンがゆっくりと口を開く。
「……彼は展望台にいると思います。以前、タワーの上から町を見下ろすのが好きだと言っていましたから」
それと……と、カリンは懺悔をするように続ける。
「もしかしたら、彼が今回の事件を起こしたのは……私のせいかもしれません」
「……へ?そ、そりゃどういうことだ?」
突然の告白に動揺するケンタロー。しかし、キャンディは事情を知っているのか、やや怒気を込めながらカリンへと近づく。
「バカを言っちゃいかん!立花君は何一つ悪くないぞ。あれは彼が一方的に……いや、今は話している場合ではないな。清水君、事情はあとで説明する。ひとまず今は屋上へ向かうのが先だ」
「あ、ああ。よくわからんがわかった。カリン君、行けそうか?」
カリンが小さく頷いたことを確認したケンタロー達は、すぐにタワーの展望台へと向かった。すると、そこには眼鏡をかけたスーツ姿の長身の男が立っていた。どうやら、この男が黒幕のコウセイその人のようだ。
「…………」
男は何も言わず、嗜虐的な笑みを浮かべながら人差し指をクイクイと動かし、こちらを挑発してきた。
「決着は“自分の中”でつけようってか。上等だ……カリン君、頼む!」
ケンタローの言葉に頷き、カリンはケンタロー達をコウセイの精神世界へとダイブさせた。しかし、そこに彼の姿はなく……
「アハァン、来たようだねぇ!コウセイ様のサイッコーにクールな目的を邪魔しようとするカス共が!」
「ウッフフ。コウセイ様の言っていた通り、さっきのカワイイ男の子よりは歯ごたえがありそうね♪」
代わりに立っていたのは、自らを悪魔と名乗る二人組だった。その異質な気配に命の危険を感じたケンタローは、すぐに剣を構える。
「……今までの意識体とは明らかに違う。そうか、お前ら二人がコウセイってヤツを操ってたんだな!?」
「アハァン、あんたカスすぎ!私達はただ、コウセイ様に魔の力を貸して差し上げただけ!」
「ウッフフ。私達にとって人間の負の感情は極上のデザートなの♪コウセイ様に力を貸したのは、彼がこの町に混沌をもたらしてくれると約束してくれたから♪理解してくれた?オ・ニ・イ・サン♪」
そう言うと、やたらとテンションの高い二人組は戦闘態勢に入った。
「アハァン、お前達カス共を消耗させておけとコウセイ様に言われているからねぇ。さっさとゴングを鳴らすとしようか!行くよ、マレノ!」
「ウッフフ。どっちが先にダウンを取るか勝負よ、タランツェラ♪」
KO勝ちを狙う
黒幕襲来バトル
劣勢と判断したタランツェラとマレノの二人は、コウセイの精神世界から姿を消す。
「はぁ、使えない悪魔どもですねぇ。まぁ、彼女達はこの僕を選び、結果的に特別な力を与えてくれた……それだけでも良しとしましょう」
二人が去ったあとに奥から現れたのは、真っ白なローブを身に纏ったコウセイだった。
「久しぶりですねぇ長官。そしてカリンさん……。ああ、そう身構えないでください。僕はただ、君から“良い返事”をもらえればそれでいいんですよ」
「……!それって、やっぱり……」
「ええ。以前も言ったでしょう?僕はね、望んだものは全て手に入れなければ気が済まない主義なんですよ。そのためなら努力も惜しまないし、どんな手段も選ばない。結果、僕は望んだもの全てを手に入れてきた。たった一つ……カリンさん、君だけを除いてね」
嗜虐的な微笑を浮かべながら、コウセイはカリンの体を隅々までなめ回すように視線を送る。
「初めて味わった屈辱でしたよ。この僕が恋人にしてやろうと言ったのに、愚かにも断るとは……。まぁ、それはそれで構いません。君は薔薇のように美しい……高嶺の花というのは、凡人では手が届かない場所にあるからこそ輝くもの。そして、その輝きを掴むのは僕以外にあり得ないのだから」
そう言うと、コウセイは片手をカリンの方へと差し出した。
「カリンさん。君が僕の奴隷……失礼。恋人になると言うのであれば、僕はもう町の人々の心をかき乱さないと誓います。しかし、また拒むのであれば……町の人々の命は保障しかねますね。今まではイタズラ程度で事が済むよう“悪魔の力”を加減していましたが、この力はそれ以上のことが可能なんですよ」
「……フラれた腹いせに町の人達を人質にしようというのかね。以前から素行に問題があると思っていたが、よもやこれほどのクズだとは思わなかったぞ。ていうか奴隷って聞こえたぞ今。やばすぎだろ君」
「そう睨まないでください、長官。あなたの組織の目的は町の平和を守ることでしょう?なら、カリンさんを差し出せばいい。それで町は救われるのですから。単純明快な二者択一ですよねぇ?」
コウセイの問いに…………カリンは肩を震わせながら、腹の底から小さな声を絞り出す。
「…………私、行きます」
「んなっ。た、立花君っ?どういうつもりかね!?」
「あの人は心を操作されているわけじゃない。たとえ戦ったとしても、改心できる見込みはありません。だったら、もう……」
「バカ者!仲間一人を犠牲にして得る平和など、私は絶対に認めぬぞ!」
「大袈裟ですよ。別に殺されるわけじゃありませんし。それに、私一人が我慢することで町の皆が救われるなら、私…………っ?ケ、ケンタロー先輩……?」
カリンの悲痛な言葉を聞いていられず、ケンタローと***の二人はコウセイの方へ堂々と踏み出していく。
「……コウセイ。お前の言い分は全部、だだこねてるガキのワガママだ。そんなくだらねぇことに他人を巻き込むな」
「君は確か、僕の代わりにカリンさんのパートナーとなった潜士(ダイバー)。はぁ、君の存在はなかなか目障りでした。君の上司に妹……さらにはあなたの心に異分子を放ち、この件から手を引かせようとしたのに」
ピキッ……と、空気が震える音が周囲に響く。
「何様ですか、テメェ。僕の許可なしにカリンさんの隣に立っただけでも重罪だというのに、僕の崇高なる行為をくだらないなどと。凡人如きがつけ上がってんじゃねぇよ」
「お前は間違っている。カリン君は誰の物でもない。それに、お前は崇高でも特別な存在でもない。人の心を踏みにじるだけの、最低な人間だ!」
叫ぶようにそう言うと、ケンタローは剣を構えた。
「……カリン君。俺は全てを守ろうとして倒れてしまった。倒れてからようやくわかったんだ。俺には多くの人達を助ける力なんかないって」
だから、せめて……と、ケンタローは続ける。
「大切な一人のためにできる仕事を、全力でこなしてみるよ」
仕事をこなす
エピローグ
「だろうな。けど、金髪娘から聞いたぜ。この世界でお前を殺せば、お前は現実世界で廃人になる可能性があるらしいな」
「ハッ、一時の感情に身を任せて現実世界の俺ごと潰すと?そんなこと、正義の味方を気取っているスタークにできるワケがない!」
高笑いを上げながらケンタローを煽るコウセイ。すると、ケンタローはキャンディの方に振り向く。
「金髪娘。俺、スターク抜けるわ。今までありがとな」
「……ふむ。君が望むのであれば仕方がない。短い間だったが、楽しかったぞ」
ケンタローの意図を察したのか……キャンディはあっさりと返事を返した。
「だそうだ。これで俺はただの清水剣太郎になった。お前を潰さない理由がなくなったってわけだ」
「つ……強がりはよせ。どど、どうせお前にはできないんだろう?わかってるんだぞ僕は……」
「なぜできないと思う?こっちは仲間や、大切な妹の将来を台無しにされかけたんだ。しかも、仮にお前が廃人になっても俺は何の罰も受けない。便利だよなぁダイブ能力ってのは。法に触れず人の一生を台無しにすることだってできるんだからさ」
「ひっ!?ま、待て、来るな!やめろ……たた、頼む、やめてくれぇ……ひぃあああああっ!?」
震えるコウセイの脳天に、ケンタローは剣を振り下ろした。その剣は…………コウセイの眼鏡を、真っ二つに叩き斬った。
「二度とこんなことすんじゃねぇぞ。次やったら、そん時は…………マジでその首ぶった斬る」
「ぁ……あ、あ……わ、わわ、わかった……わかったから……こ、殺さないで……くれ……」
コウセイが敗北を認めると同時に、周囲の景色が真っ白に染まる。気が付くと、ケンタロー達は現実世界へと戻ってきていた。そして、放心状態となっていた現実世界のコウセイは、キャンディの仲間によって取り押さえられた。
「いやー、見事なチンピラっぷりだったぞ清水君!しかも、ヤツは清水君のチンピラっぷりが相当なトラウマになったようでな。先ほど立花君にスキャンしてもらった結果、心理的なダメージが影響で完全に能力を失っていたらしい。もう二度と事件を起こすような真似はしないだろう」
「チンピラチンピラうっせぇな……。けど、俺がスタークを抜けるって言った時、よく止めなかったな。俺なら殺すような真似はしないって信用してくれてたのか?」
「いや、別に。廃人になる可能性はそこまで高いわけじゃないし、あいつムカつくから痛い目に遭った方がいいんじゃね?って思ったから許可しただけだぞ。んじゃ、私は連行に同行するから、またあとで会おう。クックック……今宵は楽しい飲み会といこうじゃないかっ!」
さらっと恐ろしいことを言ったあと、キャンディはタワーの屋上をあとにした。その場に残ったのはケンタローとカリン……そして、空気を読んで物陰に隠れた***の三人だけとなる。
「あー、その。ひ、ひとまず君が無事でなによりだ、カリン君!」
「……ケンタロー先輩。す、すみませんでしたっ」
「えっ?な、なぜ謝るんだい?」
「だって……私、先輩に無理はしないでと言ったのに、その言葉を口にした私が……無理をしてしまったから」
どうやら、コウセイの恋人になることで全てを丸く収めようとした時のことを言っているようだ。
「自分にできないことを人に押し付けるなんて……私、自分が嫌いになりそうです」
「嫌いになる必要なんかないさ。君は町の平和のために自分が犠牲になる選択をした。それが正しいのか間違いなのかは難しい問題だが、少なくとも君は勇気をもって決断をした。それは間違いなく尊い行いだ」
それに……と、ケンタローは続ける。
「また無理をしそうになったら、俺がなんとかする。今まで君がそうしてくれたようにさ。だから……なんていうか、これからもよろしく頼むよ」
ケンタローはカリンに手を差し出した。カリンは一瞬だけ瞳を潤ませたあと、俯きながらも小さく微笑んだ。
「……今度は、私が勇気づけられちゃいましたね」
吹っ切れた様子で、カリンはその手を優しく握り返した。
……どこかぎこちない様子の二人を尻目に、***はゆっくりとその場をあとにしたのだった。
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