心想ワスレナグサ_本編
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224:心想ワスレナグサ 救ノ噺
プロローグ
その多くは物としての役割を終えたあとに成仏し、霊脈へ還り“集合的な力”となり、星に流れるエネルギーの一部となる。
しかし、霊的な要因や、物としての役割を終える前に“容れ物”を壊されてしまった者は、稀に“邪霊”という凶暴な怨念体と化してしまうことがあるらしい。
「この“つくも界”は、物としての役割を清算しきれなかったつくも達が、その未練を果たして成仏するための世界なんです」
カサネの話によると、つくも界へと繋がる入り口は日本中に点在しており、邪霊になることを恐れるつくも達は、その入り口を通ってこの世界に訪れるのだという。
「……じゃあ、私達が通って来た洞窟も、その入り口の一つだったってこと?」
「はい。つくも界への入り口は、霊山や霊窟といった場所にあることが多いんです。お師匠様を導いた“オリヅルさん”がどのような存在なのかは私にもわかりませんけど……ここを知っていたということは、つくも界の関係者であることは間違いないと思いますよ」
――それじゃあ、あとはキミに……いいや、キミ達にまかせるとしよう。この先のこと、頼んだよ。
オリヅルの最後の言葉を思い出しながら、ココノは頭を捻らせる。
「オリヅルは、私達がここへ来ることを望んでいた……?だとしたら、私はここに来て何かを為す必要があるってこと……なのかな」
ココノは謎の使命感に背中を押され、自らの意思でこの地を訪れた。しかしココノ自身、なぜそのような使命感を持っているのかはわからないようだ。
「それにしても……うーん。つくも界って、こんなに暗い場所ではなかったような気がするのですが。それに、なんだか邪悪な気配を感じます。お師匠様、何が起こるかわからないので、なるべく私の後ろに……」
「……ッ!カサネ、伏せて!」
「ふぇ……?わ、わあああぁ!?」
カサネが頭を伏せた瞬間、カサネとココノの頭上を金属の刃のようなものが掠める。
「チッ、外しちまったかい。どうやら、それなりの手練れが揃っているようだね」
上空から奇襲してきたのは、巨大な鷹に跨り、槍を持った一人の少女……。
「さて、狩りの前には名乗りを上げるのがあたいの信条だ。あたいは古代の騎鳥民族が使っていた狩猟槍“タカノホコ”に宿るつくもだ。かつては名のある名槍として祀られていたんだが、あたいの価値をわからない愚者共に捨てられちまってねぇ」
鷹に乗ったまま、少女は低空飛行をしながら***達の周りを旋回する。
「要するに、あたいの未練は“狩り”をするってことだ。それを果たすために、あんたらの命を頂戴しようってわけさ!ハハハハ!」
攻撃的な言葉を吐くタカノホコ。しかし、こういった状況に慣れてきたのか……ココノは恐れるどころか、少し呆れながら口を開く。
「……ねえ、カサネ。つくもって、好戦的な性格の人が多いの?」
「そ、そんなことはないはずです!一応、つくも界は兄さんの管轄ですし、よほどのことがない限りは無暗に人の命を奪うようなことはしないはず……」
すると突然、カサネの耳と尻尾がピクピクと小刻みに揺れた。
「あの人……微弱ですが、邪悪な霊気の反応があります。もしかしたら、そのせいで性格が狂暴になってしまっているのかもしれません」
「そう、なの?え、えっと……どうすればいい……の?」
「おまかせください!私の妖術を使えば、邪悪な霊力を消し去ることができるはずです!ただ、準備に時間が掛かってしまうので……。お師匠様、少しの間でいいので時間を稼いで頂いてもよろしいでしょうか?」
「時間を稼ぐ……ん、わかった。***はもしもの時のために、カサネの傍にいてあげてほしい。ひとまず、あのつくもは……私がなんとかしてみる」
薙刀を構えるココノと、妖術の呪文を唱え始めるカサネ。その様子を見たタカノホコは、ニヤリと笑みを浮かべながら、再び上空から奇襲をかけてきたのだった……。
>>時間を稼ぐ<<
ランキングに関係なく、一定数の【つくもメダル】を集めると役立つアイテムが貰える……みたい。
……試合の時間?
アイテムショップで手に入る「アレスの鍛錬書」を使えば、すぐにLv80になれるみたい。す、すごい……。
「土地力」は大事だってカサネが言ってた。よくわからないけど、溜めた方がよさそう。
……団体戦も個人戦も、どっちも好き。
あんまり恥ずかしい恰好にはなりたくない……かも。
強い敵を倒せば多くの【つくもメダル】が貰えるみたい。 敵の情報は、他のプレイヤー達がイベント掲示板で教えてくれるんだって。 こまめにチェックしておいた方がいい、かも。 クエスト……?
あなたが必要だと判断するなら、私も協力する。
異界を歩む
車櫂渡舟バトル
「た、助かったよ。禍々しい気に心身を支配されて暴走しちまってたらしい。くそ、あの女め。あたしの体に何をしたってんだ……?」
話によると、彼女は狩りをしていた際に“ワスレナグサを持った少女”と出会ったらしい。そして、その者と目が合った瞬間に意識が揺らぎ、気が付くと先ほどのような状態になっていたのだという。
「……ッ!ワスレナグサ……」
ワスレナグサという単語に思うところがあったのか、ココノは自分の素性をタカノホコに話し、その少女をどこで見かけたのかと尋ねる。
「見かけたのは川の向こう岸だよ。けど、あっちに渡るための橋は壊れちまっててねぇ。なんだいあんた、向こう岸に行きたいのかい?」
「……うん。その、なんとかならない……かな?」
「そうさねぇ。うちの愛鳥に乗せてやりたいところだが、あたい以外が乗ると暴れちまうし……あ、そうだ!確か川辺に舟渡しがいたはずだ。そいつに頼めば向こう岸に行けるかもしれないよ」
「……!わかった、行ってみる」
「気を付けな。今、つくも界は妙な邪気が立ち込めてる。この世界にもしものことがあったら困るし、こっちはこっちで色々調べてみるよ」
何かわかったことがあったら報告しに来る……と言い残し、タカノホコはその場から飛び去っていった。
「私がこの世界に来た理由……その答えが、向こう岸にある。なぜかわからないけど確信があるの。カサネ、***。もうちょっと付き合ってもらっても、いい……?」
「もちろんです!そうと決まれば船着き場へ……あ、あれ?お師匠様、足元に髪留めが落ちてますよ?」
「え……?あ、ほんとだ。戦ってる最中に落としちゃったんだ……気付いてくれてありがと、カサネ」
ココノは髪留めを拾うと、ハンカチで丁寧に汚れを拭きとる。
「ふふ。大切にされているんですね、その髪留め」
「うん。おばあちゃんから貰った大切なものなの。でもね、大切な髪留めはもう一つあって…………」
突然、ココノの口が止まった。よく見ると、彼女のこめかみにはじんわりと汗が滲んでいる。
「お、お師匠様?大丈夫ですか?なんだか顔色が悪いような……」
「……う、うん。大丈夫だと、思う」
ココノの身を案じながらも、ひとまず***達は舟渡しがいるという川の近くまで足を進めた。すると、***達は舟渡しらしき青年の姿を見つける。
「……なるほどな。で、ワイの小舟に乗りたいと。ええで、乗っけたるわ。このクルマガイ、せっせと舟渡しをして、はよ未練を清算せにゃあならんしな。ほな、乗った乗った!」
いきさつを説明すると、クルマガイのつくもを名乗る青年は***達を小舟に乗せてくれた。
「しかし、人間に妖怪とは珍しいお客さんやなぁ。ちゅーか、そっちの妖狐さんはどっかで見たことあるような気がするんやけど……あんさん、名前は?」
「あ、カサネと申します。えっと、一応つくも界を管理していることになっているクガサという妖狐の妹でして……」
……すると突然、舟を漕いでいたクルマガイの手がピタリと止まる。
「ク・ガ・サ・だァ!?ちゅーことはお前、以前にワイの舟に乗っておきながら運賃をちょろまかしおった、あの性悪ギツネの妹か!ええい、前言撤回や!お前ら、すぐに舟から下りぃや!しっしっ!」
「はわぅ!?ゆゆ、揺らさないでください!というか下りろと言われましても、ここ川のど真ん中……」
「問答無用や!ヤツの回しモンには容赦せんからなァ!なんなら、ワイが直々に叩き落としたるわ!」
「そ、そんなぁ……!」
クルマガイは櫂を大きく振りかぶると嗜虐的な笑みを浮かべ、目をギラギラさせながら襲い掛かってきた……!
「こ、このままじゃ本当に振り落とされちゃう。カサネ、***、気をつけて……!」
舟にしがみつく
傀儡邪霊バトル
「わぷっ!?お、お師匠様ぁ~!***さ~~ん!!」
「……ッ!カサネ……!」
カサネに手を伸ばすココノ。しかし川の流れは予想以上に速く、カサネとクルマガイは下流まで流されてしまった……。
「ゲホッ、ゴホッ……。た、大変。早くカサネを助けに行かないと……!」
運良く向こう岸まで流れ着くことのできたココノと***は、はぐれてしまったカサネを探しに下流の方へと足を進ませる。すると……
「クフフ……。朕(ちん)の視界に入りながら挨拶もなしとは。人間という存在はいつの世も無礼なものよ」
和人形を糸で垂らしている一人の女性が、***達の前に立ち塞がった。濃厚な殺意を纏いながら……。
「……!***、気を付けて。この人、私でもわかるぐらい強烈な力を持ってる……!」
「ほう、どうやらただの小娘ではないようだな。まぁ、そんなことはどうでもいい。朕はただ、一人の邪霊として死と呪いをばら撒くのみよ」
邪霊。物としての役割を終える前に“容れ物”を壊されてしまったつくもが、凶暴な怨念体と化した存在。どうやら、目の前の存在がカサネの語っていた“それ”らしい。
「しかし、人間を呪殺できる機会に恵まれるとは運が良い。いやな……朕はかつて、和人形として人間の少女に大切に扱われていたのだ。だが、親に新しい洋人形を買ってもらったその少女は、朕をいとも簡単に捨ておった。クフフ、笑えるのはここからでな……」
邪霊は血走った眼で狂気的な笑みを浮かべ、淡々とした様子で続ける。
「その少女は親に言われ、工具で朕の身を引き裂き、バラバラに切り刻んでくれたのよ。“捨てる時にかさばるから”という理由でな。その時の少女の顔ときたら……初めて見る人形の中身に興味津々といった様子で、好奇心に踊らされるがまま次々と朕の四肢をもいだあと、ゆっくりと首筋に切れ込みを……」
「……ッ、や、やめて!」
「ハッ、何を嫌がっている?どんなに想い入れが強い物でも、気分次第で容易く捨てることができる。捨てられる方のことなど一切考えずに……それが人間だ。貴様にも経験があるのではないか?大切にしていた物に価値を感じなくなり、何の感情もなしにゴミとして捨てた経験が……」
「違う!あのかんざしは捨てたくて捨てたわけじゃない!でも、捨てないと私が……………………ぁ」
突然、魂の抜けたような表情になるココノ。
「そう、だ。なんで忘れてたの……私、大切なかんざしを……捨てたんだ。自分の、意志で……」
頭を抱え、肩を震わせながら、ココノはその場に膝をつく。その瞳からは、ポツポツと大粒の涙が零れていた。
「クフフ、少し刺激的すぎたか?いや、許せ。なにせこの地で人間と出会うとは思っていなかったものでな。つい口が動いてしまった。では、そろそろ貴様の命を摘むとするか……我が手で屠られること、誉れに思うが良いぞ!」
邪霊はケタケタと笑い声を上げる和人形に負のエネルギーを纏わせる。そして、糸を巧みに操り、その人形を凄まじい速度で放心状態のココノへと飛ばしてきた。
「……ッ!?***…………?」
***は咄嗟にココノの前に立ち、栞の力で人形を弾き飛ばす。そして“今は落ち込んでいる場合ではない”と、ココノに声を掛けた。
「…………。そう、だね。今はカサネを迎えに行くことが最優先。こんなところで立ち止まってる場合じゃ、ない……」
なんとか立ち上がったココノは***に礼を言い、***と共に目の前の敵に立ち向かうことを選んだのだった……!
邪霊を退ける
清邪柄杓バトル
突然、清らかな気を帯びた水がマリオネットに降りかかる。すると、マリオネットのつくもは姿を消し、その場には一体の和人形だけが取り残された。
「わ、すごい!うまくできた!わーいわーい♪」
歓喜の声を上げながら物陰から姿を現したのは、柄杓を持った一人の少女。
「あれ?でも、まだ邪悪な気配がする。ということは、マリオネットさんはつくも界で起こってる異変の元凶じゃなかったってことなのかな。まぁいっか。そんなこーとーよーりー♪」
和人形を手に取ったあと、柄杓を持った少女はゆっくりとココノと***の方に近づいてくると、二人の首筋に顔を近づける。
「すんすん……二人とも、いいニオイする。うん、決めた!私、あなた達を仲間にする!ね、一緒にきて!」
「え……?ち、ちょっと待って。そもそもあなたは一体……」
「私、柄杓に宿るつくも!ヒシャクって呼んで!えっとねー。私、つくも界の邪悪な気を鎮めるお仕事をしてるの。今はつくも界で起こってる異変の元凶を探してるんだー」
ヒシャクの話によると、つくも界は今、強大な邪霊が現れたことで、あらゆる場所に邪気が立ち込めている状態にあるらしい。彼女は“邪気を祓う”という未練を清算するために、その元凶を探しているようだ。
「……あ。ねえ***。確か、タカノホコが『妙な邪気が立ち込めている』って言ってた気がするんだけど。もしかしたら、彼女はその元凶を追っているのかも」
「んー?よくわかんないけど、説明の必要はない感じかな?なら、私を手伝ってほしいの!さっきの戦い、隠れてずっと見てたけど、二人ともすっごい強かった!私達が一緒に戦えば、きっとつくも界を救うこともできると思うの!ね、どうかなー?」
「……え、えっと」
自分がこの世界に来るタイミングで、つくも界に異変が起こった。それは果たして偶然なのだろうか……?ココノは熟考したあと、自分の胸中を***に打ち明ける。
「さっき思い出したの。私、友達からもらった大切なかんざしを……自分勝手な理由で、捨ててしまったの。そのかんざしには、ワスレナグサの装飾がついてた」
ココノの言葉を聞き、***は思い出す。タカノホコは“ワスレナグサを持った少女”を探していたことを。
「推測だけど、この世界に異変を起こしているのは“ワスレナグサを持った少女”なのかも。そして、その少女はもしかしたら、私が捨てたかんざしに宿っているつくもで……」
だとすれば、事の発端は全て自分にある……そう思ったココノは、後悔に押し潰されそうになりながらも、同時につくも界を救わなければならないという使命感を滾らせる。
「……あの、ヒシャクさん。私達、目的は一緒なんだと思う。でも、少しだけ待って。私、はぐれちゃった友達を探してるの。異変の元凶を突き止めるのは、その子を見つけてからでいい?」
「えー!?そんなのダメ!心配する気持ちはまぁ、わかるけど……。で、でも、事は一刻を争うんだから、異変を止めるのを先にしようよー!」
「……ご、ごめん。それでも、先に友達を探させて。私、もう……後悔したくないの」
すると、ヒシャクはむすっと頬を膨らませ、ココノと***から少し距離を取り、戦闘態勢に入った。
「や、やっぱり世界のことが優先!一緒に来てくれないなら、無理やりにでもつれていくから!」
……どうやら、ヒシャクは引き下がる気はないようだ。
「うぅ……。結局、こうなっちゃうんだ」
いつものことだ……と、***はそっとココノに耳打ちし、ヒシャクの攻撃に備えるのだった。
相手を落ち着かせる
幻霊退散バトル
「そんなに大切なお友達なんだ……。ん、わかった!じゃあ、先にお友達を探そ!私も協力したげるー!」
「……!あ、ありがと。私、ココノ。よろしくね、ヒシャクさん」
「ヒシャクちゃんでいいよー!私もココノちゃんって呼ぶから!」
こうしてヒシャクちゃん……もといヒシャクは、ココノの旅路に同行することになったのだった。
一方その頃、川の下流付近では……
「ぶぇーっくしょい!うぅ、寒い寒い……。川の水の冷たさをちょいとナメとったわ……」
「だ、大丈夫ですか?薪、もう少しくべます?」
ココノと***と別々になってしまったカサネと、舟渡のクルマガイが焚火を囲んでいた。
「……ほんますまんかった。クガサの妹と聞いてついムキになってしもうた。しかもワイを陸まで引っ張ってくれたうえに、狐火で暖まで取らせてくれるとは。頭が上がらんっちゅーか……。嬢ちゃん、ホンマにあのクガサの妹かいな?」
「あ、あはは……よく聞かれます。でも、兄さんはとても優秀な妖狐なんです。兄さんなら、クルマガイさんを助けたうえでココノさんを見失うようなこともしなかったはず。私、まだまだ未熟者です……」
「いーや!あの性悪ギツネより絶対に嬢ちゃんの方が優秀や!仮にワイを助けたのがアイツだとしたら、ワイがブルブル震えてんのを見て『武者震いですか?ぷーくすくす』とか言ってたに違いあれへん!」
それに……と、クルマガイは続ける。
「そのココノって子は***とやらと同じ方向に流されとったし、ひとまず大丈夫やろ。水流の関係で、あの二人が流されてった場所は陸の方に続いとるしなぁ。ま、なんにせよ……」
そう言うと、クルマガイは櫂を片手にゆっくりと立ち上がった。
「嬢ちゃんはワイの命の恩人や。ダチを探すならワイも手伝ったる!ちゅーか、こうなったのはワイが原因やしな……この辺の地理には詳しいし、そこそこ役に立つはずやで」
「あ、ありがとうございます、クルマガイさん。でも、その前に……」
「おう、嬢ちゃんも気付いとったか。この邪悪な敵意……どうやら囲まれとるみたいやな。おい、そこのお前。隠れてへんで出てきぃや」
クルマガイがそう言うと、一人の青年が木陰から堂々と姿を現した。その意外な姿に、カサネは驚愕の声を上げる。
「あ、あなたは……!ココノさんをこの世界に導いた、折り鶴の……」
「やあ、久しぶりだね」
が、カサネとクルマガイはすぐに気が付く。自分達に向けられている敵意は、彼が放っているわけではないことに。
「あの少女には“旅の人”がついているようだからね。ひとまず君の様子を見に来たが、仲間を得ていたのなら心配する必要はなかったか。とはいえ、敵はこの数だ……微力ながら手を貸そう。妖狐の少女よ」
翼を広げるオリヅル。それを開戦の合図と取ったのか、カサネ達の周囲を囲んでいた“邪悪な敵意を持った者達”は一斉に姿を現し、戦闘態勢に入った。
「この者達は邪霊の霊気によって形を得た、命ある者を無差別に襲うだけの幻体のようだ。注意してくれ、二人とも」
「ってコラ!いきなり出てきて仕切んなや……って言いたいところやけど、ひとまずあんさんは味方ってことでええんやな?なら、とっととおっ始めようや。嬢ちゃん、それでええか?」
オリヅルとクルマガイの視線がカサネの瞳を捉える。カサネとしてはオリヅルの目的が気になるところではあったが……どうやら、疑問を投げかけている暇はないようだ。
「……わかりました。クルマガイさん、オリヅルさん!よろしくお願いします!」
こうして、カサネ達は幻体達を退けるために戦闘を始めるのだった……。
幻体達を退ける
騒乱磁力バトル
「目覚ましい成長ぶりだ、カサネ。今の君なら、真の意味で誰かを守ることができるだろう」
「……へ?あ、あの。どうして私の名前を……」
「すぐそこにある森道を真っ直ぐ進むといい。探し人が見つかるはずだ。じゃあ、ね」
そう言うと、オリヅルは何羽もの折り鶴を身に纏い、風と共に姿を消した。
「……なーんかいけ好かんヤツやったな。でも、森道を進んでみるのはアリやと思うで。ココノって子がこっちに向かっとるとしたら、地理的に合流できる確率は高いはずや」
「え?あ……そ、そうですね、わかりました。ここはオリヅルさんを信じて、森道を進んでみましょう!」
こうして、カサネとクルマガイはオリヅルの示した道を進み始めた。一方、その頃……
「ねえ、ヒシャクちゃん。私達、さっきから同じ方向に真っ直ぐ進んでるはず……だよね?」
「うん、そだよー!でも、なんだか同じところグルグルしてるような気かするねー」
***もまた、ココノとヒシャクと同じ違和感を感じていた。そして、三人がその違和感を共有したのと同時に……
「それは私の仕業なの。この辺りの磁場に私の妖力を干渉させたから、“方向”っていう概念は今、私の掌中にある……なの」
コンパスが付属した杖を持った少女が、***達の背後から現れた。すると、ヒシャクの表情がパァっと明るくなる。
「わっ、パス子ちゃんだ!ひっさしぶりー!」
「パス子って呼んじゃダメなの。なんだか私がとっても怖い子みたいに聞こえる……なの」
どうやら彼女はヒシャクの友達らしい。しかし、パス子……もといコンパスのつくもと名乗った彼女は、ココノ達がグルグル同じ道を歩くよう仕向けた張本人でもあるようだ。
「え、えっと。あなたが私達を道に迷わせていたの?その、どうしてそんなことを?」
「大きな力を持った邪霊が出現した影響で、この辺りはとっても危険なの。私の未練は、生きている者を安全な方向へ案内することなの。だから、あなた達を安全な場所まで案内する……なの」
……コンパスのつくもは、純粋な親切心で忠告してくれているらしい。
「そっか、私達のために……。えっと、気持ちは嬉しいんだけど。私、はぐれた友達を見つけないといけないの。それに、あなたが言っている邪霊は、私のせいで生まれてしまったのかもしれなくて。だから」
ココノが言い終える前に、コンパスのつくもは妖術で二人の使い魔を召喚し、戦闘態勢に入っていた。
「言う事を聞いてくれないことは薄々わかってた、なの。だから最初から戦う準備をしておいた……なの」
どうやら、彼女は意地でもココノ達を止めたいようだ。
「んー。パス子ちゃん頑固だから、こっちも力ずくでやるしかないと思う!わぁい、ケンカケンカ~♪」
「い、いいの?あの子、友達なんじゃ……」
「友達だからぶつかるんだよー。ぶつかって、お互いの違いを理解して、違いを受け入れて。それが終わったら、また一緒に遊ぶの!」
ヒシャクの言葉に、ココノは少し驚いた様子だった。が、その表情は徐々に変化していく。
「……そっか。ぶつかって、よかったんだ。“サヤ”とケンカしたのは、間違いなんかじゃなかったんだ」
誰かの名を口にしたあと、ココノは吹っ切れた様子で薙刀を構えた。
「教えてくれてありがとう、ヒシャクちゃん。そのケンカ……私も混ぜて!」
ケンカする
遊具少女バトル
「警告はしたから、あとはどうなっても知らない……なの。でも、友達のよしみで邪霊のいる方向への近道は教えてあげる、なの。あとはもう勝手にすればいい……なの」
「わ、ありがとパス子ちゃん!私、絶対に帰ってくるから!そしたらまた一緒にあーそーぼっ!」
「…………あっかんべー、なの」
コンパスは不機嫌な様子でそう言い、その場から去っていった。
「えへへー。パス子ちゃん、なんだかんだで優しいから好き!とりあえず、これでゴールへの道はわかったわけだし、あとはココノちゃんのお友達を見つけるだけだねっ!」
「うん。でも、だんだん邪悪な気配っていうのが濃くなってきたような気がする。もう、あんまり時間はないのかも。急いでカサネを探さないと……」
ココノ達は駆け足で下流側へと続く森道に入った。しかし、いくら進んでも人っ子一人見当たらない。そんな時……
「こんにちは、かんざしを捨てたココノさん。よろしければ、妾と一緒に手毬で遊んでくださる?」
大木に背を預けている小柄な少女がココノの視界に入る。どうやら彼女もつくものようだ。
「……ッ!?ど、どうして私の名前を」
「かんざし本人に直接聞いたから。彼女は妾以上に、人間に捨てられたことに対して深い悲しみを背負っている。だから、あなたに会いたくないという彼女の気持ちはよく理解できるの」
どうやら彼女は、ココノやヒシャクが探している“ワスレナグサの少女”と深い絆で結ばれているようだ。
「……つくもという存在は、そのほとんどが道具として捨てられる運命を受け入れている。人間だって誰かに見捨てられて悲しむ人もいるし、なんとも思わない人もいるでしょう?」
そして……と、手毬のつくもは続ける。
「悲しみに明け暮れた人間は、その感情を憎悪に変えて狂気へ走ることがある。つくもの邪霊化もそれと同じ。だから、もうあなたに彼女を止めることはできない。理解してくださった?」
「……確かに私は、捨てちゃいけないものを捨てた。でも、今ならまだやれることがある気がするの。だから私はここまで来た」
「…………。なら、後悔なさい。その選択を。ハジキ、出番よ」
すると突然、背後の茂みから小さな石のようなものがココノ目がけて凄まじい勢いで飛んできた。が、それにいち早く気付いたヒシャクがココノを庇い、その攻撃を受ける。
「ヒ、ヒシャクちゃん!?大丈夫!?」
顔をしかめ、傷口を抑えながら、ヒシャクはその場に膝をついてしまう。
「アッハハ!あのタイミングで庇うとかやるじゃん!美しい友情に拍手拍手!けど、次は外さないぜぃ!」
茂みから現れたのは、おはじきのつくもを名乗る少女。彼女は指を巧みに使い、再びココノに向かっておはじきを放った。
「はんっ、させへんで!」
すると、森の奥から現れたクルマガイがココノを庇うように立ち、手に持った櫂でおはじきを弾き飛ばした。
「お師匠様、***さん!遅れてすみません。妖狐カサネ、ただいま戻りました!」
「……!よ、よかった、無事だったんだ。でも、今は」
「そうですね。再会を喜んでいる時間はあまりなさそうです……」
ココノはヒシャクを庇うように立ち上がり、カサネ達と共に戦闘態勢に入るのだった。
ピンチを脱する
勿忘草簪バトル
どこか寂しげな口調でそう言い残し、手毬のつくもはおはじきのつくもと共にその場をあとにした。
そして、ココノはカサネとの再会を喜びながら、ヒシャクとクルマガイと***と共に、コンパスのつくもが示した場所へと足を進めることになった。
「結局、オリヅルの言った通りになったか。忌々しい」
辿り着いた場所は、ワスレナグサが咲き誇る平原。その中心には、二つに結った髪を冷たい風に揺らしながら静かに佇んでいる、一人の少女の姿があった。
「……!う、うそ……サヤ、なの……?」
ココノはかつて、サヤから……友達からもらったワスレナグサのかんざしを捨ててしまった。そして、目の前にいる“サヤの姿をした少女”は、そのかんざしを頭につけていた。
「サヤ……聞き覚えのある名だな。しかし、私はそのサヤとやらの外見をしているだけの邪霊。所詮はただの憎悪の塊……世に災厄の花を咲かせるだけの疫病神さ」
……カサネの話によると、人間の強い想いが宿った物がつくもになった時、そのつくもは想いを込めた人間の姿をとることがあるのだという。
「それで……私を捨てた人間よ。お前は何をしにここへ来た?」
ワスレナグサの少女にそう問われ、ココノは一度深呼吸をしてから口を開く。
「私は、あなたを取り戻しに来た。あなたを捨てたことが間違いだったってことに気付いたから……」
「なるほど。ということは、お前が私を捨てた人間……。この私を邪霊という、醜い存在へと貶めた張本人ということか」
「……ッ、それは」
「気に病む必要はない。邪霊と化す前は嵐のような悲しみに支配され、立つことすらままならなかったが……今はひどく心地が良い。悲しみの果てに辿り着いた負の終着点……そこより湧き出る憎悪の渦が、私に大きな力をくれる」
そう言うと、ワスレナグサの少女は体に禍々しい邪気を纏わせる。
「この力を使い、私は醜くて救いようがないものを一つだけ消し去る。それだけが私の望みだ」
ワスレナグサの少女はココノに視線を向けながら、鋭利なかんざしを懐から数本取り出す。すぐにカサネがココノを守ろうとするが、ココノは片腕を広げてカサネを止めた。
「……かんざし。私があなたを捨ててしまったのはね、サヤのことを……死んでしまった友達のことを思い出したくなかったからなの」
俯きながら、ココノは全てを語った。かつて、誕生日プレゼントにサヤからかんざしを貰ったこと。そのかんざしをとても大切にしていたこと。
しかし、ココノはある日、些細なことでサヤと喧嘩をしてしまった。そして、その日……サヤは、不幸な事故で命を落としてしまった。
「そのかんざしを見ると、サヤが死んだことを思い出してしまうから……。それが苦しくて、私はサヤのこともかんざしのことも、記憶の奥底に封印してしまった。でも、決めたの。私はもう現実から逃げない。サヤの死も受け止めるって」
「そのために私を取り戻しに来た、と?一度は捨てたくせに……ずいぶんと自分勝手なのだな」
「…………。私、仲直りできなかったことをずっと後悔してた。喧嘩なんかしなければよかったって。私が正直な気持ちを言ったから、サヤと喧嘩になったんだって。本当の気持ちを声にしなければよかったんだって」
だけど……と、ココノは拳を握りながら顔を上げた。
「正直でいいんだ……自分勝手でいいんだ……!そうじゃなきゃ友達でいる意味なんかない!ぶつかって、お互いの違いを理解し合って、違いを受け入れて、また一緒にいればいい!だから……」
喉を枯らさんばかりに叫んだココノは、ワスレナグサの少女の元へ一歩……また一歩と近づいていく。
「私は、絶対にあなたを取り戻してみせる。あなたは、私の大切な……たった一つの欠片だから」
「…………くだらん。まぁいい。ならば、私もお前の言うように……自分勝手に振る舞うとしようか」
ワスレナグサの少女はココノの全てを拒むかのように、戦闘態勢に入った。
欠片を取り戻す
エピローグ
ワスレナグサの少女は言っていた。“醜くて救いようがないものを一つだけ消し去る”と。そして、彼女はその言葉に従い……自分の喉に、鋭利なかんざしの先端をつきつけた。
「……ッ!」
それに気付いたココノは、すぐに彼女の手を掴んだ。そして、どうすればいいかわからず……彼女の体を、ぎゅっと抱きしめた。
「…………。ごめん」
「……っ、なぜ。なぜ、謝る……?」
「……捨てちゃってごめん。辛かったよね……苦しかったよね……ごめん……ごめんね……」
瞳と頬を濡らしながら、ココノは何度も謝罪の言葉を口にする。すると、ワスレナグサの少女は呆然と立ち尽くしたあと……頬を僅かに緩め、ゆっくりと自分の両手をココノの背中に回した。
「いいんだよ、ココノ。悲しませちゃって……泣かせちゃって、ごめん」
大好き……と、少女は最後にそう言い残し、ワスレナグサのかんざしだけを残して姿を消した。
「…………ぁ、あ」
ココノはかんざしをぎゅっと握りしめ、肩を震わせながら大声で泣いた。まるで、想いの全てを吐き出すかのように。
そして……彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちるたびに、つくも界を覆っていた分厚い雲はゆっくりと晴れていき、やがて世界に光が差し込んだ。
「…………あのね。私、あの子はやっぱりサヤだったと思う。最後に聞いたあの声は、私の知ってる大好きな声だったから」
泣き止んだココノはクルマガイとヒシャクに案内され、カサネと***と共に人間界へと続く洞窟の入り口に辿り着いた。
「そうですね。魂というものには、妖怪の尺度でも計れないほどの力があります。つくもという存在は、みんな人の姿をしている……なら、人の魂を宿すこともあるのかもしれません」
クルマガイとヒシャクに別れを告げたあと、ココノとカサネは洞窟を歩き続けた。やがて、ココノ達は見覚えのある林の中へ……人間界へと戻って来た。
「カサネ、***。本当にありがとう。あなた達がいなかったら、私……大切なものを置き去りにしたまま、この町からいなくなっていたと思う」
「……あ。そう、ですよね。お師匠様、引っ越しちゃうんです……よね」
しょぼんとするカサネ。そんなカサネの頭を、ココノは微笑を浮かべながら優しく撫でる。
「薙刀教えるって、約束したもんね。あまり時間は多くないけど、カサネさえよければ、その……引っ越しの日まで、一緒にいてほしいな」
「……!も、もちろんです!ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしますっ!」
彼女達がいれば、もう大丈夫だろう。
***はこの世界をあとにし、新たなる旅路へと足を踏み出すのだった……。
……その日の夜。ココノと一度別れたあと、カサネはヒノエ神社に戻って来た。
「おやおや、ようやく帰って来ましたか。まったく……あまり心配をかけないように」
石段を上り終えると、そこには彼女の兄であるクガサの姿があった。
「あ、兄さん……。え、えっと……勝手にいなくなってしまって……す、すみませんでした」
「構いませんよ。書き置きはしてありましたし。さぁ、入りなさい。リッカさんが夕飯の準備をしてくれていますよ。積もる話は食事をしながらにしましょう」
差し出されたクガサの手を、カサネはぎゅっと握る。クガサの肩には一羽の折り鶴が止まっていたが、その折り鶴は風に吹かれるかのように、すぐにどこかへ飛び去っていったのだった。
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