雪華のリクリスタ プロローグ
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233:雪華のリクリスタ 王位の行方
プロローグ
「こ、これは……すごい吹雪だな。サファイア君の加護がなかったらと思うとゾッとするよ。しかし、これではまともに足元を見ることすらできないじゃないか」
カイレルの言葉通り、領域内は前が見えないほどに激しい吹雪に見舞われていた。
「私もここまで激しい吹雪は初めて見たわ。この一帯は気候も含めて、お母様が管理している地……もしかしたら、本当にお母様の身に何かが……」
「姉様。お母様を心配する気持ちはわかりますが、その不安を解消する最適の方法は、一秒でも早くお母様の下へ辿り着くことかと」
「……そうね。ありがとうライト、少し冷静になれたわ。となれば、まずは案内人がいる場所へ向かうのが先決ね。確か、ここから近い場所にある洞窟にいるはずよ。まずはそこへ行きましょう」
サファイアの話によると、このような事態に陥った時のため、この地には案内役を担う精霊がいるのだという。
「……見えてきたわ。あそこの洞窟よ」
サファイアを先頭に雪原を歩んでいくと、そこには彼女の言った通り、小さな洞窟があった。
一行はゆっくりと洞窟の中に入り、先へと進む。すると……
「……警戒態勢。それ以上近づいたら、パララのビリビリショックをお見舞いするもの」
現れたのは、一人の精霊らしき小柄な少女。どうやら彼女が案内人のようだが……。
「待って、案内人さん。私は雪の女王ラピスラズリの娘、第一王女のサファイアよ。私達、どうしてもお母様のところへ行きたくて……そのためにあなたの案内が必要なの。どうか落ち着いて」
「疑心態勢。今、女王の領域には不穏な空気が漂っているもの。警戒心が人一倍強い私としては、誰も信用できないもの。あっち行けだもの。しっしっだもの」
「……!ああ、姉様になんという口の聞き方を。姉様、ものの数秒で血祭りにあげてしまってもよろしいですか?」
「あなたも落ち着いて、ライト。すぐにそういう発想になってしまうあなたが姉として少し心配よ。ほら見て。案の定、案内人さんが警戒心を強めてしまっているわ」
すると、様子を見ていたカイレルが一歩、前へと出る。
「やれやれ、君達は子どもの扱いというものを知らないようだね。となれば、ここは僕にまかせてくれ。こう見えて、町の子ども達にはわりと好かれている方なんで、ね」
外見は子どもでも精霊の一人だから、カイ様よりずっと長生きしているのだけど……と返そうとしたが、説明しても意味がなさそうなので、ひとまずカイレルを見守ることにするサファイア。
「ヘーイ、麗しきマドモアゼル。怖いお姉さん達が失礼をしたね。まぁ安心してくれたまえよ。僕は彼女達と違って極めて紳士的な心を持っていてね。というわけで、まずは友愛の証として一歩そちらに近づかせてもら」
「……!迎撃態勢。ビリビリショック開始!」
「へ?ちょ、待っ……あ、あんふァああああああンっ」
少女が杖から放った雷撃を正面から受け、カイレルは全身を焦がし、髪をチリチリにしながら地面に倒れる。が、すぐに起き上がると、サファイアの方へと戻ってきた。
「なんかダメだったよ」
「見ればわかるわ。そして、戦闘が避けられない状態になってしまったのも一目瞭然ね。ライト、***君。ひとまず彼女を落ち着かせましょう。くれぐれも過剰な攻撃は控えてね」
>>落ち着かせる<<
ランキングに関係なく、一定数の【クリスタルメダル】を集めると役立つアイテムが貰えるみたい。
……強敵なのは間違いなさそうね。
アイテムショップで手に入る「アレスの鍛錬書」を使えば、すぐにLv80になれるみたいね。
精霊にとって「土地力」はとても重要な力よ。たくさん貯めましょう!
みんなで協力すれば、必ず先に進めるわ。
第一王女として相応しい姿になれればいいのだけど……。
強い敵を倒せば多くの【クリスタルメダル】が貰えるみたい。 敵の情報は、他のプレイヤー達がイベント掲示板で教えてくれるわ。 こまめにチェックしましょう。 クエスト……?
修行には丁度いいかもしれないわ。
城を目指す
原住精霊バトル
サファイア達を信じたのか、パララはペコリと頭を下げ、非礼を詫びる。
「手間を取らせてしまった代わりに、案内はキッチリとさせて頂くもの。けど、この一帯は今、大地の力が大きく乱れているから、その影響で他の精霊達も凶暴になってしまっていると思うもの。注意するもの」
忠告を耳に入れたサファイア達はパララに案内され、吹雪の中の険しい道を進んでいくことになった。
「やんややんや!これはこれは、雪の女王の娘さん達ではありませぬか!風のウワサでは修行中の身ということで、人里の方に下りていたと聞いておりまするが。なぜこのような場所に?」
数時間が経過した頃。サファイア達の前に現れたのは、巨大なイエティと共に酒盛りをしている一人の少女だった。
「あなたは……確か、古くからこの地に住んでいる精霊……お母様の飲み仲間のシャマナさんだったかしら。お久しぶり、いつ以来かしら?」
「そうですねぇ、確かまだお二人がこんぐらい小さい頃にお会いしたきり……ややっ!これは失敬、酒の一杯も振る舞わずに引き留めてしまうたぁ!わたくしめとしたことがもーーしわけないっ!ささ、まずは一杯グイっと」
シャマナはニコニコしながら酒の入った革袋を取り出し、サファイアに酒を勧める。
「遠慮しておくわ。私達、急いでお母様のいるお城へ向かわなければならないの。だから」
「そーですかそーですか飲みたくて仕方がないと!いやはや、丁度あたくしも酒に付き合ってくれる人を探していたところでしてねぇ」
「ウゴーーーッ!フゴッフゴ、ンゴゴゴゴフゴオオオーーッ!!」
「ほら!イエティ族のジェームズ君も“飲むべ”と言っておりますがゆえ!」
顔を真っ赤にしながらテンションを上げていくシャマナの勢いに圧され、困惑するサファイア。
「……どうしましょうライト。シャマナさんが話を聞いてくれないわ」
「心中お察し致します、姉様。見たところ、彼女はお供のイエティ族と共にべろんべろんに酔っぱらっているご様子。ここは無視するのが一番の方法かと」
「さすがライト、冷静な意見ね。となれば、ここは無視して先に……」
……が、ものすごい速さで回り込まれてしまった。
「コラコラー!わたくしめの視界に入りながら一杯も飲まずにこの場から去るなんて……いかんです、いかんですよ姫様!次期女王たるもの、酒の一杯も付き合えないでどーするんですっ!どうしても通るというのならば、こちとら力ずくでも止める所存でございますよ!ねぇジェームズ君!?」
「ンゴゴゴゴ!フンゴー!フゴゴ、ンゴゴンゴフッゴゴ!?ンフゴォオーーー!フゴ、フゴゴゴンゴゴ、ンゴ、ウゴーーゴ!ンゴ、フゴゴ!ンゴーンゴゴゴゴフゴオォ!ンフゴ、フゴフゴー!」
「“その通り”と言っておりますがゆえ」
あんなに長く喋ってたのにそれだけ……?と、心の中でツッコミを入れながら、サファイアはやれやれといった様子で氷の剣を構える。
「時間があれば一杯ぐらいは付き合ってもよかったのだけど、今は時間がないの。どうしても道を塞ぐというのなら……あなたの望み通り、力ずくで私を止めてみて」
「や、やんややんや!まさか、本当に力ずくになるとは……しかし、これはこれで酒の肴に丁度良い!姫様、わたくしめとジェームズ君が勝利した暁には、一杯付き合って頂きますがゆえ!!」
一戦付き合う
病看護婦バトル
「ぁいたた……こ、こりゃ失礼しましたっ。一発ガツンとやられて酔いが醒めました」
「飲みすぎには注意してね、シャマナさん。酔っぱらってクレバスに落下でもしたら笑えないわ」
「いや、ほんっと気を付けます。しかし、姫様も気づいておられると思いますが、この吹雪……ちょっち異常ですよね。ここに住んで数百年は経ちますが、ここまで激しい吹雪は初めてですよ。上手く言えませんが、この吹雪には拒絶感みたいなのを感じます」
「……シャマナさんもそう感じるのね。知っていると思うけど、この一帯の気候はお母様が司っているわ。つまり、この吹雪はお母様の意志そのもの。お母様は……外から来る者を拒絶している……?」
……母親の身に何が起こったのか。いくら考えても答えは出ず、不安だけが募る。
「わたくしめはこの辺りを見張っております。何かあればご報告に向かいますがゆえ!」
シャマナと別れたサファイア達は、パララの案内の下、再び女王の城へと足を進めていく。そして、視界の彼方に城の影らしきものが見え始めた頃……
「……あら。あらあらあら。来たのね来てくれたのね。よかったぁ来なかったどうしようかと思ってたの。どうしようかっていうかどうしてやろうかって考えていたところだったの。ああよかった本当よかった」
一人の人間らしき女性が、フラフラとした足取りでこちらへやって来た。すると、カイレルが一歩前へ足を踏み出す。
「ナースのテレザさんじゃないか!ああ、よかった。ようやく町の人に会うことができたよ」
「ふふふふふふふふふふふふ。会えて嬉しいわカイ様本当に嬉しいわ本当。あなた以外の町の人間は皆、雪の女王に攫われてしまったの。でも私は命からがら逃げてきたの頑張ったの私すごく頑張ったの」
「……目の血走りっぷりからして、よっぽど怖い想いをしたのだろうね。だが、僕が来たからにはもう……っと、その前に紹介しよう。彼女達は雪の女王の娘のサファイア君とフローライト君だ。サファイア君の方はたまにだけど町に来ることもあったから、見覚えがあるかもしれないが」
すると、テレザと呼ばれた女性はサファイアの顔をじっ……と見つめる。
「ええ、知っているわよく知っている顔よ。サファイアさん、サファイア。そうあなたはサファイアさん。サファイアさんサファイアサんサファイアさンさふぁいあさん…………さフぁイあサン」
「……ッ!姉様、危ない!」
テレザはどこからともなく巨大な注射器を取り出すと、目にも止まらぬ速さでサファイアを攻撃してきた。
「ラ、ライト!大丈夫!?」
「……かすり傷です、問題ありません」
……サファイアを庇い、フローライトは肩に傷を負ってしまったようだ。
「な、何をしているんだテレザさん!?確かに彼女達は雪の女王の一族の者だが……僕の推論では、今回の失踪事件に彼女達は関与していない。むしろ問題の解決に奮闘してくれていてだね……」
「そんなことはどうでもいいのどうでも。私はただ、絶賛片想い中だったハズマット様の心を奪ったサファイアさんを視界から消したいの世界から消毒したいの消シたいのケ死タイ死タイシタイ死体」
ハズマット。その名を聞き、カイレルはあることを思い出す。
「そういえば、自警団リーダーのハズマット氏が精霊に一目惚れしたという話を酒場でしていた気がするが……。し、しかしテレザさん。それはサファイア君への一方的な逆恨みなのでは……」
「カイ様、ひとまずその人から離れて。そもそも、この吹雪の中で平然としている時点でおかしいわ。見たところ、冷気の加護を与えられたわけでもなさそうだし」
それに……と、サファイアは冷淡な視線をテレザに向けながら氷の剣を構えた。
「私、今すごく怒っているの。妹を傷つけられて」
怒りをぶつける
家来掃乱バトル
一時的に敗北を認めたテレザはサファイア達から大きく距離を開くと、吹雪に紛れて気配を消した。
「……ねえカイ様。彼女は元々、普通の人間だったのよね?」
「あ、ああ、そのはずだ。やや思い込みが激しい面はあったが、それでもあそこまで露骨ではなかった」
カイレルはフローライトの傷の手当てをしながら、サファイアの質問に答える。
「姉様。先ほどの女性ですが、明らかにヒトの力の領分を越えていたように思います。加えて、僅かですが……火の属性の力を感じました」
「……!そう、やっぱり……。じゃあ、今回の事件は“火の大地の者達”の仕業かもしれない、ということね」
サファイアの話によると、ここから遠く離れた地には、雪の大地と対になる“火の大地”が存在しているらしい。そして、火の大地の者達は雪の大地の者達に対し、明確な敵意を抱いているのだという。
「テレザさんは、その火の国の連中とやらに嫉妬の炎を増幅させられ、あのような状態になってしまったということか。くそっ、なんと非道な……。もしゲルダも同じような目に遭っていたらと思うと、はらわたが煮えくり返りそうだ!」
町の人に被害が及んでしまったことを嘆き、カイレルは改めて町の人達を救う決意をする。そして、サファイア達はパララの案内の下、再び雪原を走り始めるのだった。
「……ん。あとはここの細道を真っ直ぐ行けば女王様のお城だもの。足場が悪いから注意するんだもの。それじゃあ、パララは失礼するもの」
そう言い残し、パララは自分の住み家へと帰って行った。ここからなら、サファイアもフローライトも道がわかるようだ。そして……
「あーれあれあれ。姫様、どうしてここにいるのー?修行のために山の下に降りてるんじゃなかったっけー?」
クレバスに気を付けながら細道を進もうとした瞬間、どこか呑気な様子の精霊が現れ、サファイアに声を掛けてきた。
「まあ、ルコじゃない。こんなところで出会うなんて奇遇ね。いつものサボリかしら?」
「いーやいやいや。ちゃんと目的があってここを“お掃除”してるんだよー?なんかさー?お城への道に危険な小魔法陣がいっぱい仕掛けられててねー?踏むと危険な術が発動するみたいだから、ルコのスイープ能力で一個一個消しててねー?」
どうやら彼女はサファイア直属の家来で、魔法による術式を解除する能力を持っているらしい。
「きっと、私達を城に近づかせないために、火の国の人達が仕掛けた罠ね。ということは、火の国の人達の目的は女王の……お母様を討つこと、なのかも。だとしたら、やっぱり急がないと」
走り出すサファイア。しかし、むすっとした様子のルコがその道を塞ぐ。
「だーめだめだめ。この辺りはまだチェックしてないから危険なんだよー?姫様にもしものことがあったら大変だし、ここは通っちゃダメだよー?」
「聞いて、ルコ。今は緊急事態なの。すぐにでも城に向かわないと、お母様の命が危険なのよ」
「でーもでもでも。山を下りる前に姫様、あたしと約束したよー?『もし修行中に私が戻ってくるようなことがあったら力ずくでもいいから追い返して』って。忘れちゃったのー?」
「そんなこと言ってな…………あ、言ったわ」
「でしょー?あたし約束は絶対に守るタイプだから、通りたかったら力ずくできてーー?」
ルコの言葉を聞き、フローライトとカイレルはやや呆れた様子でサファイアを見つめる。
「……姉様。なぜそのような約束を?」
「修行を終えるまでは絶対戻らないという覚悟を固めたくて……ああ、参ったわね。こうなってしまった以上、彼女はテコでも動かないわ」
「ですが姉様、見てください。幸い、ルコさんはすでに戦闘態勢に入っています。これは“力ずくで通るなら構わない”という意思表示かと」
「“幸い”なのかどうかはわからないけど……時間がない以上、今はそれしかないみたいね」
結局こうなってしまうのね……と自虐的につぶやきながら、サファイアは氷の剣を構えるのだった。
家来をどかす
妖陣起動バトル
「んぅ……力出し切っちゃったし飽きてきたー。あんまり頑張りすぎてストレス溜めちゃうのも嫌だし、もういいやー。仕事戻るねー」
やや投げやりな様子で道を開け、ルコは再び魔法陣の掃除作業に戻ったのだった。
「……サファイア君。なんというか、君の一族に携わる者達は、なかなか頑固な者達が多いんだな」
そんなカイレルの言葉に、サファイアは怒る様子もなく首を縦に振る。
「そうね。けど、逆に言えばみんな、氷のように硬い意志を持っているのよ。私、自分の意志を貫く人って好きだから、ここに住む精霊達のことはみんな大好きなの」
「……そういう捉え方もあるか。確かに、君達を見ていると、雪の大地の精霊達は理由もなく人間を攫うようなマネはしない者達であると理解できる。今さらではあるが……疑ってすまなかった、サファイア君」
「気にしていないわ。どちらにせよ、町の人達がいなくなったことに精霊が関与しているのは確かだもの。だから、人間のためにも自分自身のためにも、全力で事の解決に当たるわ……っと、気を付けて」
城へと続く細い道に入った時。サファイアは一度足を止め、後ろの***達に注意を促す。
「ルコの話だと、この辺りには踏んだら発動する罠が仕掛けられているみたい。ハッキリ言ってしまうと、私にはカイ様がうっかり踏んで罠が発動して、全員が大変なことになる未来が見えているわ」
「アッハッハ。冷たいねぇサファイア君。僕はもう君のことを信用しているのに、君は僕のことを信用してな…………おや?」
と、カイレルがノリノリで返事をした時。突然、サファイア達の足元がキラリと光り始めた。その中央にはカイレル…………ではなく、呆然とした様子のフローライトが立っていた。
「……姉様、すみません。私としたことが、こんな凡ミスをやらかしてしまうなんて……」
起動した魔法陣から現れたのは、邪悪な気配を纏った妖精達……。その独特の存在感から、***は彼らが異世界の情報を元に召喚された幻体であることを理解する。
「も、申し訳ございません、姉様。私、死んで詫びる覚悟で……」
おろおろとした様子で、何度もサファイアに頭を下げるフローライト。
「気にしないで、ライト。あなたが踏んでいなかったら、多分カイ様が踏んでいたと思うわ。位置的に」
早いか遅いかの違いよ……と、妹に優しく声を掛けながら、サファイアは氷の剣を握る。
「さっきのケガがあるから、ライトは少し休んでて。ここは私と***君でなんとかしてみせるわ」
戦闘態勢に入るサファイアと***。そんな中……
「(……?気のせいだろうか。僕には……フローライト君が、わざと罠を踏んだように見えた気がしたのだが)」
カイレルは目の前で起こったことに対し、ぼんやりと疑念を抱くのだった……。
幻体を退ける
炎想傭兵バトル
「素晴らしいです、姉様。戦いの中で力の使い方を覚えてきている……。すでに姉様は私の制御がなくても、十分に溢れる力をコントロールできる状態にあるのかもしれません」
フローライトから賞賛の言葉を受けたサファイアは、口元に手をそえて冷静に自分の実力を分析する。
「……確かに、ここまで来るのに何度も実戦を経験したから、なんとなく力の使い方は掴めてきた気がする。でも、まだまだ修行不足だと思うから、引き続き力は抑制しておいてもらえると助かるわ」
何気ない姉妹のやり取り。しかし、カイレルは“フローライトがわざと罠を踏んだのではないか?”という疑問を晴らせずにいた。
「……?カイ様、いかがされましたか?穴が空くほど私のことを見つめていらっしゃいますが」
「…………。い、いや、なんでもない。君のケガの具合が気になっただけだよ。とにかく、足元に気を付けて進むとしよう!」
何かの勘違いだ……そう無理やり自分に言い聞かせながら、カイレルはサファイア達のあとに続く。
「……!気を付けて。この先に、強大な“火の力の気配”を感じるわ」
そして、ついに城の入り口まで辿り着いた時……
「ほう。さすがは俺の心を盗んだ氷の姫といったところか。ああ、しかし……サファイア姫。貴方の美しさは、いついかなる時も俺の心の炎を滾らせる」
巨大な斧を持った一人の男が、堂々とした態度でサファイア達の前に立ち塞がった。
「……!君は、傭兵団長ハズマット!その姿……そうか、君も火の大地の者達の掌中に……!」
どうやら彼は、カイレルの町に住む傭兵団のリーダーのようだ。
「これはこれはカイ様。ひとまず、遠征ご苦労と言っておこうか。安心しろ、君の許嫁であるゲルダは無事だ。今は雪の女王のもてなしを手厚く受けている最中であろうよ。まぁ、そんなことはどうでもいい」
ハズマットは視線をカイレルから外すと、真っ直ぐな熱い眼差しをサファイアへ向けた。
「偉大なる我が主は言った。サファイア姫の戦意を削ぐことに成功した暁には精霊の掟を改定し、サファイア姫を后として俺に与えてくださると」
しかし……と、ハズマットは胸に手をそえ、どこか切なげな表情で言葉を続ける。
「氷の姫よ。俺は美しい貴方を傷つけるような愚行を犯したくない。ここは刃を引いてはくれまいか。そして……どうか、俺の物になってほしい」
「私は物ではないわ。それに、私には女王の跡を継ぐという使命がある。ゆえに、私の心があなたになびくことはあり得ない」
「…………。俺は、この大地にて数多くの武功を持つ人間の戦士。しかし、当然ながら自身の名声が貴方の地位に相応しいとは思っていない。だが、溶岩よりも熱いこの想いを止めることは、たとえ神であろうと叶わぬ所業……!氷の姫よ、最後の警告だ。どうか、刃を引いてくれ」
「何度言われても答えは同じよ」
サファイアの変わらぬ答えを聞き……ハズマットは、くつくつと小さく笑う。
「ああ、それでいい。それでこそだ、氷の姫よ!冷徹にして冷血、冷静にして冷艶……。その氷柱のような鋭さこそ、俺が心より欲するもの!」
炎を纏った斧を空に掲げるハズマット。すると、物陰から弓を持った戦士と、踊り子のような風貌をした少女が現れた。
「行くぞ、我が部下達よ!サファイア姫を傷つけず捕えるのだ!残りの者達は殺しても構わん!」
迎え撃つ
雪城女王バトル
「姉様、このままでは時間が掛かりすぎてしまいます。ここは私が引き受けますので、***様とカイ様と共にお城へ向かってくださいませ」
「…………。妹を置いていくのは姉として心苦しいというのが本音だけど、今はお母様のところへ向かうのが最優先事項ね。わかったわ。あとはお願い、ライト。危なくなったら逃げるのよ」
この場をフローライトに任せ、サファイアは***とカイレルと共に城の中へと向かった。
「お母様!大丈…………これは。その、あの……えっと。ど、どういう状況、なのかしら」
城の広間には……“サファイアの母親らしき少女”と、たくさんの人間達が和気あいあいと食事会をしているという、ある意味で衝撃の光景が広がっていた。
「あらまぁ!ハロハロ~サファイア!もしかして、ママが恋しくなって戻って来てくれたの!?あ、人間さん達はちょっと私の部屋に行ってて。私、娘とお話しなきゃだから♪」
「……お母様。なぜ、お母様が町の人間達と一緒にキャッキャウフフと楽しそうにしているの?そもそも、精霊の掟では人間と深く接触することは禁止されてるはずだと思うけど」
「だぁってだぁって、サファイアとフローライトが下界に降りちゃって、ママ寂しくて死んじゃいそうだったんだもの。掟を守ってたらママ死んじゃいそうだったんだものぉ」
「…………。まさかとは思うけど、そんな理由で町の人達を攫ったの?」
「むっ。ママそんな物騒なことしません。私はただ、人間さん達が遠路はるばる会いに来てくれたからお城に迎え入れただけだもん。ついでにパーティ開いただけだもんっ」
サファイアが疑問を口にしかけた、その時。一人の人間の少女が、奥の通路から堂々と姿を現す。
「その答えは、このゲルダちゃんが教えてあげる!フフ……何を隠そう、町の人達をここへ連れてきたのはアタシなんだから!」
「……!おお、ゲルダ!僕の許嫁にしてフィアンセたるゲルダ!無事でなによりだ。見たところ、火の大地の者に操られている様子でもなさそうだし……。とりあえず小一時間ほど抱擁していいかい?」
と、熱烈なラブコールを送るカイレルを無視し、ゲルダは舞台女優のような身振りで言葉を続ける。
「ある人が約束してくれたの。“仕事を手伝ってくれたら許嫁の契りを無かったことにしてあげる”ってね。アタシが頼まれたことは二つ。一つは、町の人達を女王様の下へ連れていくコト。まぁ、貴族の立場を利用すれば難しいことではなかったわ。女王様のお城へ向かう安全なルートも教えてもらってたし」
「……?ま、待ってくれゲルダ。君は何を言っている?一体、何の話を……」
「もう一つは修行中のサファイア姫を、この城へ向かわせるきっかけを作るコト。アタシがカイレルに残しておいた手紙……当然、あの内容はウソ。町の人達は女王様に攫われたんじゃなくて、アタシが連れていったんだもの。そして、アタシは手紙を使って、アンタがサファイア姫に接触するよう仕向けた」
小悪魔的な笑みを浮かべながら、ゲルダはカイレルに人差し指を向けた。
「おバカなカイレルちゃんは、見事にアタシの思い通りに動いてくれた。まぁ、どうしてそんなことを“あの人”がアタシに頼んだのかはわからないけど……とにかく、これで大っっ嫌いなアンタの許嫁という呪縛から解放されたわ!私・イズ・フリーーーッダム!!」
「なっ。き、君は、そんなに僕のことが嫌いだったの、か……………………素晴らしいね。恋のハードルは高ければ高いほど燃えるタイプなんだ。惚れ直したよ、ゲルダ!」
「~~~~ッ!だから、そういうトコがうざいんだっつの!!」
と、少年と少女がドタバタしている間に、サファイアはそそくさと広間を離れようとする。
「あ、待ちなさいサファイア!ママを置いてどこに行くの!?」
「お母様の部屋よ。事情を説明して、町の人達に下界へ戻ってもらうの。人間と精霊は深く接触してはならない……女王が掟を守らないだなんて、あってはならないこと。それに、今は火の大地の者達が」
「イヤ!ぜ~ったいイヤ!せっかく人間さん達と仲良くなったんだもん!離れたくないもん!ママから人間さんを奪わないで!」
「子どもみたいな言い訳をしないで、お母様。私、こう見えてちょっと怒って…………きゃあっ!?お、お母様、何を……」
サファイアの母親は魔法で作った巨大な氷柱を落とし、サファイアの進む道を塞いだ。
「ママ、聞き分けの悪い子は嫌い!どうしても連れていくって言うなら、娘だろうと容赦しないもん!」
「ウ、ウソでしょうお母様。どこまで頭を……じゃなくて、心を病めばそんな思考に……って、ちょっと待って。ほ、本気でやるつもりなの……!?」
……こうして、サファイア達は母親のワガママに巻き込まれることになった。
女王を止める
灼烈炎王バトル
「火の大地の王、ガーネットが命ずる。フローライト姫……君の力で、サファイア姫とラピスラズリ女王、そして***なる者を拘束せよ」
号令と共に現れたのは、火の大地の王ガーネットを名乗る者。そして、その隣には……サファイア達に拘束の術をかける、フローライトの姿があった。
「……ライト?一体、何を……何を、しているの?」
「私の役割は二つ。“雪の大地の内情を火の大地の王であるガーネット様に伝えること”。そして“姉様をここまで導き、お母様と戦わせて疲弊させること”。最初から私は、火の大地側と繋がっていたのです」
操られているような様子は感じられない。つまり、フローライトの言っていることは……
「ボクはフローライト姫と約束をしたのさ。サファイア姫と、雪の女王ラピスラズリを排除することに成功した暁には“雪の女王”の地位を与えると。知ってた?貴方の妹はね、我々でも驚嘆を隠せぬほどの嫉妬の炎をその胸に宿しているんだよ」
静謐とした微笑を浮かべながら、ゆっくりとサファイアの方へ近づいていくガーネット。
「生まれた時から女王となることが定められている優秀な姉。生まれた時から女王の影に埋もれることが定められている妹。そう……彼女はずっと、貴方に深い愛憎を抱いていたんだ」
そして、その愛憎がこの結果を招いた……と、ガーネットは続ける。
「安心していい。フローライト姫が女王となったあとは、我々は彼女と友好な関係を築いてゆくつもりだ。当然、人間ともね」
「……ッ、ふざけるな。サファイア君達や人間達を傷つけておいて、何が“友好的な関係を築く”だ」
意外にも、声を荒らげたのはカイレルだった。
「そうしたければ、最初から雪の女王達に歩み寄れば済む話じゃないか。だが、お前はそれをしなかった……。お前はただ、雪の大地の者達や人間達を支配したいだけなのだろう!?」
「ハハ、面白いね君。そうだ、ボクはそこのゲルダって子と約束を交わしていたね。ボクに協力した暁には、許嫁との結婚を破棄するって。となれば、今この場でその少年を消せば契約は履行となるわけだ」
「……!?ち、ちょっと、そんなの聞いてないわ!あたし別に、カイレルに死んでほしいなんて思ってない……!」
ガーネットはゲルダの言葉を耳に入れることなく、炎を纏った右手をカイレルに向けた。
「そこで見ていなよ、サファイア姫。共に旅をしてきた人間が焼かれる様を。そして、この少年の次は……貴方の番だ」
ガーネットの手から轟々しい炎の玉が放たれる。そして、その攻撃は…………カイレルの前に瞬時に移動したサファイアの剣によって、斬り消された。
「……ッ!?フローライト姫の拘束を自力で……いや、違うね。これは…………どういうことかな、フローライト姫。なぜ、拘束を解いてしまったんだい?」
サファイアだけでなく、***とサファイアの母親の拘束も解けていた。それを確認したかいちょは、すぐにサファイアの元へ駆け寄り、戦闘態勢に入る。
「貴方はサファイア姫を憎んでいるのだろう?君が胸に宿している嫉妬の炎は、決して偽りなどではないはず……」
「その通りです。私は姉様が大好きで、愛しくて、羨ましくて、とても妬ましい。そして……妬んでしまうほどに尊敬しています。ゆえに私の目的は、姉様が真なる女王になるための試練を与えること。たとえ、いかなる汚名を被ろうとも」
次の瞬間。周囲の大気が震えるほどの莫大な魔力が、サファイアの体から発せられた。
「姉様。姉様の力を抑えつけていた術を全て解除致しました。つまらぬ申し開きと私への処罰は、まず火の大地の王を退けてから……ということでよろしいでしょうか」
「ええ。弁明はあとでたっぷり聞くわ…………本当に裏切ったんじゃないかって、少し心配しちゃったじゃない」
安堵の声を上げながら、サファイアは剣を構え直す。その様子を見たガーネットは大きな溜息を一つ吐き、やれやれといった様子で槍を抜く。
「……参ったね。まぁこうなった以上、小細工はナシでいいか。火の大地の王たるガーネットの猛炎……存分に味わうといいよ。そして、フローライト姫。君には地獄の業火で焼かれてもらうよ……!」
王を討つ
エピローグ
「ああ……。やはり、正面からのぶつかり合いではこうなるか。さすがは雪の大地の者達だ……と、ここは素直に賞賛の言葉を送っておこうか」
だけど……と、ガーネットは疲れ果てた微笑を浮かべながら続ける。
「この世に火の種が絶えぬ限り、ボクは何度でもこの地に降り立つ。数百年、或いは数千年後……ボクは再び生まれ、性懲りもなく全ての支配を目論むのだろう。その時が来るまで……今は、永い眠りにつくとしよう……」
なかなか楽しい茶番だったよ……。そう言い残し、ガーネットは煙のように姿を消したのだった。
「…………。さあ、姉様。いかなる罰を受ける覚悟もできております。どうか私に、慈悲無き処罰をお与えください」
フローライトはサファイアの前に跪いた。それを見たサファイアは、精悍な顔つきで口を開く。
「ライト。狙いがあったとはいえ、あなたは一時的に火の大地の者に力を貸した。この一連の出来事を、私が真なる女王になるために必要な試練だと判断したがゆえに。間違いないわね?」
「はい。自らの親族に対して、このような言葉を申し上げたくはありませんが……現在の雪の女王であられるお母様は、力こそ本物ではあるものの、その精神は女王としてはあまりにも脆い。ゆえに、新たに女王となる者は強い精神を持たなければならない」
「……たとえ、身内に裏切られるようなことがあっても。そう言いたいのね?」
その問いを無言で肯定するフローライト。すると、サファイアは剣の切先をフローライトの首筋に当てる。
「第一王女として、第二王女フローライトに審判を下す。あなたは雪の大地を危険に晒し、あろうことか、そこに住む者達を欺いた。そして……あなたは雪の大地を救った。よって、罰は与えぬものとする。それでいいわよね、お母様?」
「えっ、なになにどゆこと?ママ、最後まで何が起こってたのか全然わからなくて……でもまぁ、よくわからないけど、娘達が仲良くしてくれるならママはそれでいいわ♪」
剣をしまいながら、フローライトに顔を上げさせるサファイア。すると、フローライトは目を丸くしながら、明らかな動揺を見せる。
「で、ですが姉様!私が姉様を欺いたという事実は消えてなくなるわけでは」
「ライト。雪の女王の一族としては罰を与えないとは言ったけど、姉としては思うところがたくさんあるわ。だって……私に内緒で、一人で危険なことをしたんだもの。あなたのことだから、本当は不安でいっぱいだったのでしょう?」
「……っ。それ、は……」
「私は、妹が一人で無茶をしていることに気付けなかった自分に腹が立っているわ。だから、ライト。個人的な罰として、あなたはこれからもずっと私の傍にいなさい。私が女王に相応しくない行動を取ろうとした時は、それを諌め、正しい方向へ導くの。これは、私が最も信頼しているあなたにしかできないことよ」
そう言うと、サファイアは優しく微笑みながら、フローライトに手を差し伸べた。
「……姉様。それは……それは、罰とは呼べません……」
様々な想いを瞳の雫に込めながら、フローライトはその手を強く握り返したのだった……。
「…………カイレル、ごめん。アタシ、他人に良いように使われて。と、取り返しの、つかないこと……」
雪の女王の一族が揺るがぬ絆を築いた、その隣で……ゲルダは自らの行いを恥じ、震える声でカイレルに謝罪の言葉を口にしていた。
「ん、何の事かな?君はただ、精霊と人間の支配を目論んでいた者に騙されていただけじゃないか。それに、君がそうした理由は僕への嫌悪感にある。なら、これは二人の……いや、二人だけの責任なんじゃないかな。あ、このフレーズ。たまらないねぇ」
「キ、キモッ……じゃ、なくて!領主の息子として、そんな甘い判断じゃダメでしょ!?」
「騙される方が悪い……って言葉が、僕は一番嫌いなんだ。だって、どう考えても騙す方が悪いじゃないか。だいたい、君は二度も同じ過ちを犯すような愚かな人間じゃないだろう?」
さも当然のように言い放つカイレルに、思わずゲルダは呆気にとられてしまう。
「それと、君が嫌だと言うのなら、許嫁の契りは解消するようパパに頼んでおくよ。でも、僕は君以外の女性に心を向けるつもりはない。たとえ嫌われようとも、しつこく君にアプローチを続けるだろう。ああ……いいね。それはそれで楽しい日々になりそうじゃないか!」
「……バ、バカじゃないの。ほんっと……信じらないくらいバカ」
そう口にするゲルダの表情は、先ほどよりも少しだけ明るくなっていた。
…………以来、この世界では、人間と精霊の関わりは以前よりも深いものになったという。
そして、***はサファイア達にこの世界を任せ、新たな世界へと一人旅立つのだった……。
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