最果ての天雷_本編・プロローグ
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story by 間宮桔梗
218:最果ての天雷 裁雷の光陰
エゼル達を待ち受けているのは……!?
プロローグ
長い時間をかけ、小型飛行船でモルガナの故郷である浮遊大陸へとやってきたエゼル達。
「僕の住んでいる大陸とは文明がまるで違うじゃないか……こんな場所、見たこともない!」
立ち並ぶビル群、コンクリートの道路、見たこともない建物……その光景に、エゼルは思わず驚愕の表情を浮かべる。
「ジェネレーションギャップ……いや、シヴィライゼーションギャップとでも言うべきなのかな、これは」
しかし、様々な世界を旅してきた***は、この世界がいわゆる現代と呼ばれる世界に限りなく近い場所であることを肌で感じ取る。
とはいえ“この現代の世界”は明らかに崩壊を迎えた様子であり、人間の姿はおろか、動物らしき姿も見当たらない。
「エゼルさん。だいぶ驚かれているようですけど、大丈夫ですか?」
「いや、ね。色々と思うところはあるけど……不思議なことに、どこか懐かしい気もするんだ。それに、遠くに立っているあの塔。あれを見ていると、なんだか胸がザワつくんだよね」
「それって、まさか…………胸やけですか?」
「モルガナ君ってやっぱりド天然だよね……まぁいいや。それで、まずはどこへ向かえばいいんだい?」
モルガナは街を見渡すと、奥にそびえ立つ塔を指差す。
「兄がいるのは、エゼルさんが見ただけで胸やけを起こしてしまったあの塔です。けど、様々な警備システムがあるので、私達三人で向かうのは大きく危険を伴います。まずは私を逃がしてくれた二人の仲間と合流しましょう」
提案を了承し、エゼルと***はモルガナの案内の元、ゆっくりと街の中へと足を踏み入れた。すると……
『いいかげん』『あきらめて!』『トウコウシナサァイ!!』
三つの首を持つ巨大な龍が、鎌を持った一人の少女と戦っている現場に遭遇するエゼル達。
「はぁ、はぁ……も、もう……無理……」
「……!バンシー、大丈夫ですか!?」
鎌を持った少女バンシーに近づくモルガナ。どうやら、彼女がモルガナの言っていた二人の仲間のうちの一人のようだ。
『む、貴様は脱走者モルガナ』『お前はオヴェロ様により指名手配されている!』『カンネンシナサァイ!』
そう言うと、三つ首の龍は倒れるバンシーの体を抱えているモルガナに牙を剥く。しかし、その間にエゼルとかいちょが割って入る。
「やれやれ、到着早々ドラゴンが相手とはね……なかなか退屈しなさそうじゃないか。モルガナ君、君はその子の介抱を。このドラゴンは僕と***君でなんとかしよう」
エゼルは巨大なドラゴンに臆することなく、この状況を楽しむかのように微笑を浮かべながら、ボウガンを構えるのだった。
>>龍を退治する<<
ランキングに関係なく、一定数の【エクレールメダル】を集めると役立つアイテムが貰えるらしいよ。
面倒だけど、やってやろうじゃないか。
アイテムショップで手に入る「アレスの鍛錬書」を使えば、すぐにLv80になれるんだってさ。すごいよね、実際。
「土地力」か。エルフにとっては貴重なエネルギー源だ。しっかり溜めておきたいところだね。
僕にできることなら、まぁできる範囲でなんとかしてみるよ。
……正直、自分でもどうなるかわからないんだよね。
強い敵を倒せば多くの【エクレールメダル】が貰えるようだ。情報は、他のプレイヤー達がイベント掲示板で教えてくれる。
気が向いたらチェックするといいと思うよ。
イベント掲示板をみる
クエスト?
まぁ、僕でいいなら力を貸すよ。
真実を確かめる
疾爪戦獣バトル
「メガネボウガンって君なぁ……僕にはエゼルって名前があるんだ。それと、こっちのかいちょ君にもちゃんと礼を言いなよ」
ドラゴンを沈黙させ、モルガナの仲間の一人であるバンシーの救出に成功したエゼル達。
「ところでバンシー。グーレちゃんの姿が見当たりませんが……?」
「っ。えと……モルガナ、ごめん。グーレは、その……昨日、私を庇って……パックに捕まっちゃった」
「……!な、なんですって。しかも、よりによってパックに……」
どうやら、モルガナの二人目の仲間であるグーレという者は、敵の掌中に落ちてしまったようだ。
「あー。取込み中のところ悪いんだけどさ、二人で勝手に話を進めないでもらえないかなぁ。僕と***君、置いてけぼりなんだけど」
やれやれといった様子で後頭部を掻きながら、エゼルはモルガナに現状を問う。
……話によると、先ほどのドラゴンやこのバンシーという少女は生体プラントから生まれた存在であり、その生体プラントを作った科学者の名が、先ほど名前の出たパックという男らしい。
「生体プラントから生まれた存在は、その多くがこの大陸……ひいては、私の兄オヴェロを守護する役目を持っています。けど、バンシーとグーレちゃんだけは私の言葉に賛同してくれたんです。だから、なんとしても彼女を助け出したい……」
「はんっ、その必要はないね!アンタはここであたしに捕まって、オヴェロ様と共に外の世界が滅ぶ様をその瞳に焼き付けるんだからね!」
背後から快活な声を上げながら現れたのは、大きなバグナウを両手に携えた一人の女。その姿を見た瞬間、モルガナとバンシーの表情が驚愕の色に染まる。
「グ、グーレちゃん!?よかった、無事だった……」
「モルガナ君、ストップ。あの子が君の言っていたもう一人の仲間ってのはわかった。けど、あの子……ギンギンに殺意放ってるんだけど。なんか恨みでも買ってたワケ?」
「恨み!?そ、そんな……確かに、グーレちゃんの武器を模した肉球ポジェットを作って毎日プニプニしてますけど、それは彼女も嫌々ながら同意してくれて……」
「いや、そういう身内ネタは心底どうでもよくてさ。単純に“目の前にいるグーレ君”とやらは、本当に“君が知っているグーレ君”なのかい?」
鋭利な視線と爪をこちらに向けるグーレの姿を改めて凝視し、モルガナは一つの結論を下した。
「はい、間違いなくグーレちゃんです。けど、グーレちゃんは私にあんなことは言いませんし、私に武器を向けるようなこともしません。何か、様子がおかしいです……」
不安な声色で語るモルガナに、バンシーが冷静な口調で答える。
「えと……多分、グーレは操られてる。パックが何かしたんだと、思う……」
しかし、それ以上の推測をする前に、グーレは一気に距離を詰めてきた。
「さぁモルガナ、一緒に来てもらうからね。ああ、それと……そっちの三人は処分せよとの命令が下ってるんだ。というわけで、ここで死んでもらうよ?」
どうやら、グーレの矛先はエゼルと***とバンシーに向いているようだ。
「えええ……?こっちは龍と戦ったあとだってのに、続けざまに戦わなきゃいけないワケ?カンベンしてくれよ、ほんとさ」
「フン、能ある鷹は爪を隠すのが上手いね。口ではやれやれ言いながらも、奥に秘めた欲求は丸見えだよ。メガネ男」
「あ、わかる?いやさ、自分でもびっくりしているんだよ。僕って戦えば戦うほどテンション上がるタイプみたいでさ。こうしている今も、いかにして君を倒すかってことばかり考えてるんだ。まぁ、そっちがその気ってことなら……遠慮はいらないってことだよねぇ?」
闘志を漲らせ、ニヤリと笑みを浮かべるエゼル。そんなエゼルの姿に、モルガナは形容しがたい恐怖に似た感情を覚える。
「ま、待ってくださいエゼルさん!グーレちゃんはただ、操られているだけで……」
「わかっているよ。けど、手を抜けるような相手じゃなさそうだし、本気で行かせてもらう……安心しなよ、策がないワケじゃない」
それとさぁ……と、エゼルは気だるげに言い放つ。
「僕はメガネ男じゃなくてエゼルだ。ミンディからもらった大事な名前なんだから、ちゃんと憶えてほしいよねぇ実際……!」
名前を叫ぶ
星動少女バトル
激戦の末、グーレはその場に膝をつく。どうやら正気に戻ったらしい。
「耳の後ろ、小さな機械みたいなのがついてるだろ?怪電波が出てたから、雷衝魔法で放った電波で機能を停止しておいた。下手に外すと何が起こるかわからないし、しばらくそのままにしておいた方がいいよ」
「……っ、すまない、恩に着るよ。アンタは命の恩人だね」
仲間を正気に戻すことに成功し、喜びを分かち合う女性陣。しかし、喜びも束の間……生体プラントから生み出された兵達の大群が、すぐ近くまで迫っていることに気が付くエゼル。
「うっわ……さすがにあの数はしんどいな。それにしても、どうして僕らの位置が敵側には筒抜けなんだろうね?」
それなら心当たりがある……と、グーレが口を開く。
「空をごらん。いくつか動いてる星があるだろう?あれ、全部監視人工衛星らしいんだ。パックの野郎に捕まって部屋に連れていかれた時、スクリーンに俯瞰映像が写っているのを見たんだよ」
「本当だ。微弱だけど、この近くから空に向かって電波が飛んでいるね。発信源は……この地面の下、かな」
「ア、アンタ……便利なレーダー機能持ってるんだねぇ」
「レーダーっていうのが何なのかわからないけど、物扱いされたのはよくわかったよグーレ君。まぁ、別にいいんだけど……とにかく、まずは人工衛星の機能を停止させないと、あの塔へ向かうことすら困難ってことでいいんだね?なら、まずは電波の発信源へ向かおうじゃないか」
エゼル達は電波の流れを追い、地下鉄らしき場所へと続く階段を下った。そして、列車の走っていない長い長い線路を進んで行くと、電子ロックのかかった巨大な円形の扉を発見する。
「このぐらいなら簡単に開けられるかな……よっと」
エゼルは自身の能力で電子ロックを解除し、部屋の中へ入った。
すると、エゼル達は見たこともない機械やコンピュータが立ち並ぶ、広々としたドーム状の部屋へ辿り着く。そして、その中央にはホロスコープを模した円盤の機械に搭乗する、一人の少女の姿があった。
「やあ。君が人工衛星とやらを操っている人かい?悪いんだけど、監視されると厄介だから機能を止めてくれると」
「しっ。ちょっと黙ってて。今“プロメテウス”の起動システムを操作してるから忙しいの」
「あ、そう。お邪魔してごめん……ってなんで僕が謝ってるのかわからないけどさ、悪いけどこっちも急いでるんだよね。止めてくれないってことなら、力ずくでも」
「ぃよし、終わったぁ!あとはオヴェロ様の方で操作してくれれば……って、なによあなた達。ああ、もしかして見学ツアー?ふふーん、まぁあたしの仕事っぷりを見たいって気持ちはわからなくもないけど」
「話聞かないなぁ君。そういうところ、ちょっとモルガナ君に似てるかもね」
一緒にしないでください……と、赤面するモルガナからツッコミを受けるエゼル。
「……あら?あぁ、あなたオヴェロ様の妹のモルガナ……ってことは反逆者ご一行様ってワケ。ふぅん、まさかここを突き止めるなんてね。結構やるじゃない」
「褒めてもらえて光栄だね。けど、厳重な扉があったわりに、肝心の警備は手薄すぎない?防衛プラン見直した方がいいと思うんだけど」
「バッカじゃないの?人工衛星の制御装置ってのはデリケートなのっ。余計な電子機器は持ち込みたくないし、生体プラントから生み出されたヤツらに警備なんかさせたら壊されるかもわからないし……!」
少女はブツブツと文句を言いながら、円盤の機械と、複数の小型人工衛星と共に浮遊する。
「それに、侵入者の撃退なんかあたし一人で十分だし?まぁそういうことだから、おとなしくこのカーラネミの手で倒されてくれると嬉しいわ」
どこか投げやりな口調ながらも、しっかりと戦闘態勢に入るカーラネミという少女。すると、エゼルもまた投げやりな調子でため息を吐く。
「半ばわかっていたとはいえ、結局こうなるワケか。いいよ、力ずくってのは嫌いじゃないしね。せっかくだから、電力全開で相手してあげるよ」
「……?あなた、その力ってまさか……パック様の」
拳を放電させるエゼルを見たカーラネミの眉が一瞬だけ吊り上がった……が、カーラネミはすぐに首を横に振る。
「ん?君、今何か言わなかったかい?」
「……べっつに。ちょっと現実離れした妄想してただけ。あぁ、でも安心して……あなた達がここで倒れるのは妄想なんかじゃなくて、現実に起こることだから!」
現実を覆す
人造闘士バトル
戦闘後。眩暈を感じたのか、頭を押さえながら体をふらつかせるエゼル。
「エゼル……すごい汗。大丈夫?」
その背中を、近くにいたバンシーが小さな手で支えた。
「あ、ああ。ちょっと眩暈がしただけさ。あんまり派手に戦ったことがないせいか、少し飛ばしすぎたのかもしれないな」
***とバンシーは、ひとまずエゼルを軽く休ませることにする。その間、モルガナとグーレは部屋の電子端末を操作し、監視衛星の停止と情報収集を行うことになった。
「そんな……。兄さん、なんということを……」
数分後。とある情報を見つけたモルガナの表情が負の色へと変わる。
「……先ほど、カーラネミが言っていた“プロメテウス”の正体がわかりました」
モルガナの話によると、プロメテウスとは空の彼方に“月”として浮かんでいるものを指すらしい。しかし、それは***の知っている月などではなく、人工的に作られた巨大な衛星兵器なのだという。
「プロメテウスは、超距離からの粒子ビーム砲によって目標を破壊する地上殲滅型攻撃衛星。もし攻撃が実行されれば、浮遊大陸の一つや二つは一瞬にして消し飛ぶでしょう。そして……現在、攻撃座標はノア族の住む大陸に設定されています」
「なっ……」
驚愕の表情を浮かべながらも、エゼルは持ち前のメンタルでなんとか平静を保つ。
「モルガナ君。君のお兄さんは、なぜそこまでして僕の故郷を破壊しようとするんだ?相応の理由がなければ、こんな大それたことはしないと思うんだけど」
「……心当たりがないわけではありません。いいえ、確信が持てなかっただけで予感はありました。でも……」
すると、端末を操作していたグーレが突然、大きな声でモルガナの名を呼ぶ。まるで、それ以上の発言を静止するかのように。
「プロメテウスの起動権は、完全にアンタの兄貴の方に譲渡されてるみたいだ。今すぐ止めに行かないと、取り返しのつかないことになっちまうよ……!」
「……ッ、そう、ですね。エゼルさん、その質問についてはあとでちゃんとお答えします。今は、それでもいいでしょうか?」
不安げに尋ねるモルガナに、エゼルはどこか罰の悪そうな顔をしながらも、首を縦に振った。
「……了解したよ。どのみち、ノア族の大陸を滅ぼされるワケにはいかない。故郷自体に強い想い入れはないけど、他でもないミンディが住んでいる場所だからね」
エゼルとモルガナとバンシーとグーレ、そして***を含めた五人は、地下通路にあった地上への緊急脱出用のリニアエレベーターに搭乗し、塔の入り口付近まで移動した。しかし、地上で待ってたのは……
「……はぁ、次から次へと忙しい連中だね。まぁ、なんでもいいや。道を塞ぐというのなら、誰だろうと蹴散らすまでだよ」
塔の入り口を守護していた者達はエゼル達を捕捉すると、一斉に戦闘態勢に入るのだった。
一気に蹴散らす
切断処刑バトル
「……とんでもない男ね。プラント兵達はおろか、竜型兵器が手も足も出ないなんて。オヴェロ様の妹が厄介な戦士を連れてきたとは聞いていたけど、まさかここまでとは思わなかったわ」
困ったものね……溜息交じりにそう言いながら、一人の少女がエゼル達の行く手に立ち塞がった。
「ああ、自己紹介が遅れたわね。あたしはオヴェロ様に仕える処刑人、スプリガンっていうの。主に生体プラントの管理とか、暴走したプラント兵を処理する役目を担っているわ。まぁ、あたしも生体プラントから生み出された命の一つなのだけれどね」
「あのさ、長々と自己紹介してもらってるところ悪いんだけど、僕たち時間がないんだよね。用がないなら道を開けてもらってもいいかい?」
「……はぁ、困ったものね。少しでも時間稼ぎをしろって上から言われているから、苦手なお喋りを頑張ってしてみようと思ったのに」
けれど……と、スプリガンは淡々と言葉を続ける。
「お喋りするよりも、エネルギー切れを狙った方が確実に処刑できそうね。なら、とっとと始めましょ。あたし、さっさと仕事を終えて新作のヒラヒラ服を作りたいの」
「……はぁ、こっちに来てからというものの、節操のない連中ばかりと会っている気がするよ。動機がシンプルなのは嫌いじゃないけど、こうも連続で戦いばかりだと飽き飽きしてくるよね、実際」
肩を鳴らしながら、ゆっくりと武器を構えるエゼル。
「……エゼルさん、気を付けてください。彼女は生体プラントから生み出された兵の中でも最良の生命体といわれています。一筋縄ではいかない相手であることは間違いありません」
警戒心を強めるモルガナ。そんな彼女の様子を見たスプリガンは、首を横に傾けながら口を開く。
「オヴェロ様の妹……確かモルガナだったわね。素朴な疑問なのだけれど、どうしてオヴェロ様の“復讐”を止めようとするの?あなたは全ての歴史を知っているはずでしょう?あなた達エルフが元々、ヒトという名の種だったこと……ヒトという種が、自分達の手で世界を滅ぼしてしまったこと……」
「……?それは、どういうことだい?」
……エゼルの言葉に何か思うところがあったのか、ほんの少しだけ表情を柔らかくするスプリガン。
「数千年前。ヒトという種は愚かな争いの末、この世界の大気を汚したの。自分達がこの世界に住めなくなってしまうほどにね。結果、約200億人いたヒトという種は壊滅に追いやられた。そこで、生き残った僅かな“ヒト達”は汚染環境に適応するため、肉体の細胞全てを造り変えるナノマシンを世界中に散布した」
ヒトという種がナノマシンによって変化した姿。それが、この世界において“エルフ”と呼称される存在なのだと彼女は語る。
「結果、エルフとなったヒトは長命種となった。けど、そこまでしても汚染された大気を完全に克服することは叶わなかったの。そこで、当時のエルフ達はこの世界を捨て、巨大移民船“ノア”を使って新たな世界へ到達することを選んだ。けど、移民船は片道分の燃料しかなく、乗員できる人数も限られていた」
そこまで聞き、エゼルはなんとなく事情を察した。
「移民船ノアに乗ったエルフ達はその後、新天地に辿り着き、ノア族として繁栄した。が、取り残された者達は僕らが今いる、この汚染された世界で文明を築いた。そういうことかい?」
「ご明察。そして、ノア族は二度と同じ過ちを犯さないため、科学という文明を捨て去った……。けど、この地に残されたエルフであるアルド族達は科学を発展させ、多くの犠牲と莫大な年月を払いながらも汚染された大気を浄化することに成功して、種として生き延びることができた」
モルガナの兄オヴェロが、ノア族を滅ぼそうとする理由。それは……数千年前、この世界に置いて行かれた復讐を果たすため。モルガナが否定しないところを見ると、どうやらスプリガンの話は全て真実のようだ。
「だからこそ疑問なの。オヴェロ様の復讐は正当性があって、至って筋が通っている。現に、数少ないアルド族のエルフ達は皆、オヴェロ様に同調しているわ。モルガナ、あなた一人を除いてね」
疑問を口にするスプリガンに対し、モルガナは真っ直ぐな視線を向ける。
「兄さんのやろうとしていることは、かつてヒトという種が行った事と同じです。常軌を逸した力は、必ずそれを生み出した者を滅ぼすことになる……。兄さんの復讐は、ただ破滅の歴史を繰り返すだけ。それならば、私は兄を止める道を選びます」
モルガナの言葉を聞き、エゼルはやんわりと微笑を浮かべた。
「とのことだ。悪いんだけど、僕に助けを求めてきた彼女がこう言っている以上、僕も彼女の味方で在り続けるよ。まぁ……そっちの事情がどうあれ、プロメテウスとやらは止めさせてもらうけどね」
「……困ったものね。こちらの事情を説明すれば戦わずに済むかもしれないって思ったけど、無駄だったみたい。やっぱり、お喋りって苦手……ね……ッ!」
言葉による解決を早々に諦めたスプリガンは両手に持った斧を構え、こちらに飛びかかってきた……!
迎え撃つ
主従人形バトル
「……なぜ殺さないの?まさか、手加減でもしていたわけ?フン、困ったものね……この借りはいつか返させてもらうわよ。失敗作の廃棄品さん」
最良種としてのプライドを傷つけられたスプリガンはエゼルに意味深な言葉を残すと、早々とその場をあとにした。
「ま、まさか、あのスプリガンに勝ってしまうなんて。さすがです、エゼルさ……エゼルさん?」
エゼルは頭を抱えながら、こめかみから汗を流していた。どうやら、疲労が溜まってきている……だけではないようだ。
「いや、ね。廃棄品って言葉を聞いたら、なぜか急に悪寒が走ってさ。モルガナ君、もしかしたら……僕の正体は……」
この塔に来てから、エゼルは部分的ではあるものの、記憶の欠片をいくつか取り戻しつつあった。しかし、その欠片を繋ぎ合わせることを、彼は無意識に恐れているらしい。
「……あの、一つだけ。もし、自分の正体を知るのが怖いと感じているのならば、これだけは覚えていてほしいのです。あなたがどんな存在であろうと、私達にとってエゼルさんはエゼルさんです。私を信じて、私に力を貸してくれた……たった一人の、大切な存在です」
芯の通ったモルガナの声に、エゼルは僅かに不安を覚える。
「……。もし、僕が急に君を裏切ったとしても、君は同じことが言えるのかい?」
「はい。信じてますから」
……どうやら、エゼルに命を救われたバンシーもグーレも同じ気持ちのようだ。
「……やれやれ。なんだか君と一緒にいると、自分の正体で悩んでいる自分がアホらしくなってくるよ。ていうか、君達はもう少し人を疑うってことを覚えた方がいいんじゃないの?」
言葉とは裏腹に、エゼルは安堵の笑みを浮かべていた。自分の正体を知るため、そしてモルガナの兄の野望を阻止するため……エゼルは改めて塔を上る決意をする。
「ストップでございます、侵入者の方々!ここから先はアルド族のみが立ち入りを許される区画でございます!関係のない方は、こちらの特製ポイズンハーブティーを御馳走いたしますので、お引き取りくださいませー!あ、わたくしメイド型自動人形(オートマタ)のイリーナと申します。以後、お見知りおきをー」
上層部へやって来たエゼルを待っていたのは、何やら怪しい液体をポットからカップへと注いでいる、イリーナと名乗るメイドの姿の少女……。
「おや、そちらの方はオヴェロ様の妹様、モルガナ様でございますね?丁度よかった、実はあなたに言伝を預っているのでございます!えーと、こちらメモしてありますので読み上げますね……」
イリーナはくしゃくしゃのメモをポケットから取り出し、文面を読み上げ始める。
「『我が最愛の妹モルガナよ。ボクはお前と争うつもりはない。どうか帰ってきておくれ。そして世界の終焉を共に見届けよう』だそうです。うーん、短い文章ながら家族愛が込められた素敵な文章でございますね!ということで、モルガナ様だけはこの先へゴーゴゴー!でございます!」
「……お断り致します。兄はもう、私の言葉には耳を貸しません。そして、私一人の力で兄は止められない。だから私は、エゼルさん達と共に先へ進みます」
「あうあうー、それは困りものでございますねぇ。メイドは常に主に忠実でなければなりませんので、『提案を飲まなかった場合は武力制圧』という主の命令に従わなければならないのでございます」
「むしろ待ってました」と言わんばかりに、快活な笑みを浮かべるイリーナ。
「……ふぅん。自動人形(オートマタ)ってことは、僕の電撃がわりと通りやすいってことかな。なら、さっきの処刑人君よりもいささかやりやすいかな」
「チッチッチ、甘いです!角砂糖よりも甘いですよ眼鏡のお兄さん!自動人形は生物プラントと違って量産が困難な代わりに、その能力はひッじょーにハイスペックなのでございます!なにせ、この大地の汚染された大気をクリーニングできたのは他でもない“わたくし達”の活躍でございますがゆえ!」
“わたくし達”という言葉に呼応するかのように、イリーナの背後から拳銃を持ったメイドと、モップを持ったメイドが現れる。
「そちらは五人でこちらは三人。数に不安がないわけではありませんが……久しぶりの荒事でございます!身を粉にしておもてなしをさせて頂きますので、お覚悟をしてくださいませー!」
お覚悟する
機装銃刃バトル
「え……?で、でも……」
「モルガナ、アンタの目的はこいつらを止めることじゃないだろ。エゼル、彼女のことを頼んだよ」
グーレの提案を渋々ながらも受け入れ、エゼルとモルガナと***は階段を駆け上がり、最上層区画へと辿り着いた。
「よう、会いたかったぜぇ!試作生物兵器No.04アトラス型!まさか、この天才パック様のところに戻って来てくれるとは!そういや、水槽(リアクター)の外で貴様を見るのはこれが初めてだな。懐かしいねぇ、あの時はまだ三歳児ぐらいの体型だったっけか」
「……!」
待っていたのは、機械武装で身を覆ったパックと名乗る、アルド族の男。そして、その男を視界に入れた瞬間、エゼルは激しい頭痛と嘔吐感に襲われる。
「ぐっ……。あぁくそ、最悪だ……ぜんぶ思い出したよ。久しぶりだね、マイクリエイター。アンタとは心の底から会いたくなかった」
「辛辣だな。こっちはバカみたいに永い人生の中で、最も楽しい瞬間を迎えているってのに。なにせ、廃棄処分したはずの失敗作が立派に成長して飼い主の元へ戻ってきたんだ……ははっ、こんなに愉しいことは他にないぜッ!!」
歓喜の大声を響かせながらも、冷静な視線をエゼルに向けるパック。
「その様子だと記憶を失っていたらしいな。んじゃ検査でもしようか。貴様はかつて、アルド族の科学力の全てを結集し製作された、エルフ型の自律生物兵器だった。当初の予定では、地上殲滅型攻撃衛星プロメテウスで空を征し、貴様は陸を征する兵器になるはずだったのさ」
パックの話によると、外にある生物プラントも、元々はエゼルを生み出すための実験過程で製作されたものなのだという。
「が、生命維持にかかる莫大なコストや力の暴走。さらに精神のコントロールが困難であったがゆえ、貴様は廃棄処分となった。しかし、どういう理屈かは知らんが、貴様は奇跡的に一命を取り留めていた。そして、死に体で飛行船ランディングまで辿り着いた貴様は小型ポッドに乗り、この大地から去った……」
この時にエゼルが乗った小型ポッドは、偶然にもノア族の住む浮遊大陸を偵察するための機体だったらしい。そのため、到着地座標はノア族の住み家に設定されていたようだ。
「……少しだけ覚えているよ。多分、僕はアンタ達が与えてくれた雷衝魔法のおかげで死なずに済んだんだろう。この力は生体電流を活性化させたり、神経や体組織を繋ぐこともできる。きっと“死にたくない”って強い気持ちが働いて、無意識に力を使っていたんだ」
「おおっ、ぜんぶ思い出したか。そう、貴様は破壊者として天才である俺様から生を受け、そして廃棄されたスクラップ同然の存在。が、貴様はその強い意志で限界を超越し、ゴミから未完成品へと到った。そこで、だ」
パックは機装手甲で覆われた片手を広げ、ゆっくりとエゼルに差し伸べる。
「戻って来い、No.04。俺様の今の科学技術なら、今度こそ貴様を完全な破壊者へと昇華させてやることができる。未完成品が完成品になれるんだ……兵器にとって、これほど魅力的な提案はないだろう?」
「……くそくらえ、だね。ああ、確かに僕はアンタに作られた存在かもしれない。けどねぇ、僕はノア族の大地で育った狩人、エゼルなんだ。アンタのおもちゃになんか……絶対になってたまるかよ」
そう言うと、エゼルは口元を緩ませながら不敵な笑みを浮かべた。
「けど、破壊者って肩書きはありがたく頂戴するよ。もっとも、破壊するのはアンタ達の野望なんだけどね」
一片の逡巡もなく嘯き、エゼルはボウガンの照準をパックに合わせる。
「くッ、はははは!最高だぜぇNo.04……なら、創造主であるこの俺様の喉笛を喰いちぎってみせろ。貴様という過去の残骸を、俺様の未来の力でねじ伏せてやる……そして今度こそ貴様を完成させ、完全に制御してやるぜ!ティタニア、モルガナと旅人風の人間の方は任せたぜぇ!」
「……口を閉じろ、虫けら。あたしはただ、オヴェロ様の護衛として刃を振るうだけだ」
パックの背後から現れたのは、モルガナの兄であるオヴェロの護衛を名乗るティタニアという女性……。
「久しいな、モルガナ。まさか、お前と刃を交えることになるとは。あたしがお前に剣術の手ほどきをしてやったのは、お前の力がオヴェロ様のために役立つと信じてのことだったというのに……残念だよ」
「残念、ですか。それは私も同じです。あなたに教えられた剣で、あなたと戦うことになるなんて……本当に、残念です」
「……フッ、師との戦いを目の前にして怯むようなタマではなかったか。いいだろう、ならば存分に刃を振るうがいい、モルガナよ……!」
パックとティタニアは各々の武器を構え、戦闘態勢に入った……。
未来の力に抗う
天閃雷撃バトル
パックは目くらまし代わりに兵器タレットを起爆させ、その隙に姿を消した。期を同じくして、モルガナと一戦を交えていたティタニアも剣を下ろす。
「二対一は無理だな……不本意だが負けを認めよう。止められないと判断した場合は自分の命を優先し、敵を通せとオヴェロ様から言われている……さぁ、行け。お前達にはこの先に進む権利がある」
それ以上は何も言わず、ティタニアもその場から姿を消す。そして、エゼル達はついにモルガナの兄がいる最上階の部屋へ足を踏み入れる。
……そこは、大量のコンピュータに囲まれた、広々としたドーム状の空間だった。
「久しぶりだね、我が最愛の妹モルガナ。そして、そちらはエゼルだったか。あなたとは一度会ってみたかったんだ……どうやら、あなたとぼくは似た者同士のようだからね」
ディスプレイの輝きだけが周囲を照らすその部屋の中央には、近未来的な機械に搭乗している一人の少年の姿……。エゼルは目を凝らしながら、その少年の姿をまじまじと見つめる。
「君がモルガナ君のお兄さん……?体躯からすると、なんだか弟って感じがするんだけど」
「ああ、この体かい?少し事情があってね……。ほら、ノア族とアルド族は数千年前は一つの種族だったという話は知っているだろう?移民船に乗り、新天地を目指した者達の末裔がノア族に。この汚れた大地に取り残され、多くの同胞を失いながらも独自の発展を遂げた者達が、ぼくらアルド族だ」
少年……オヴェロはどこか物憂げな笑みを浮かべながら、淡々とした口調で言葉を紡ぐ。
「無論、当時のぼく達だって新天地に住みたかった。でも、移民船の乗員数は限られていてね。となれば当然、乗船権を巡る戦争が発生する。その戦争でぼくはタチの悪い細菌兵器の攻撃を受けてしまったんだ」
オヴェロは特殊なナノワクチンを打つことで奇跡的に汚染を止めることに成功したものの、その副作用で体内時間が逆行する体質になってしまったのだという。
「結局、この地に取り残された者で生き残ったのは、ぼくの知る限りはモルガナとティタニアとパック、カーラネミだけだ。ぼく達はあらゆる科学技術を用いて長命種となったけれど、ナノワクチンの影響を受けているぼくの体は今も退行を続けているから、そろそろ限界が近いんだ。あなたと同じようにね……エゼル」
「…………それは、どういうことだい?」
「はは、勘付いているクセに。あなたの雷衝魔法は生命エネルギーを媒介としている。そのうえ、あなたに課せられた寿命は元より短い。ぼくの見立てでは、その命はもって三、四年が限界だろうね」
告げられたオヴェロの言葉に、***とモルガナは驚愕の表情を浮かべた。彼の言葉が正しければ、エゼルが異常なほど疲労していたのは、力の使い過ぎによる寿命の減少が原因ということになる。
「そんな……じゃあ、私は……」
エゼルを戦場へと連れてきてしまったのは、他でもない自分自身……そう認識した瞬間、モルガナは眩暈と共に形容しがたい重圧感に見舞われ、肩の震えを抑えられなくなってしまった。
「……認めたくなかったけど、やっぱりそういうことか。でもまぁ、それは君の野望を止めるのをやめる理由にはならない。たとえ僕の命が一瞬のものであろうと、僕は恩人の……ミンディの住む世界を守るために戦うことを選ぶよ。最期の一秒までね」
そう言うと、エゼルは震えるモルガナの肩にそっと手を置く。
「ずっと悩んでいたんだ。なぜ、僕には他の者にはない力があるのか。なぜ、僕はここにいるのか。どこから来てどこへ行くのか……その答えがモルガナ君のおかげで見つかった。君と会えて、本当によかった」
「エゼル、さん……」
エゼルの主張を聞き、やれやれといった様子で微笑を浮かべるオヴェロ。
「ぼくは退化することで短い命を燃やし、あなたは進化することで短い命を燃やす。どう足掻いても命の行き着く先は破滅。早いか遅いかの違いでしかないのなら、ぼくらにこんな残酷な運命を課した世界や人々を破滅させても不都合はない……あなたなら理解してくれると思っていたのに、残念だ」
突然、オヴェロの搭乗している機械が電子的な音を発する。すると、オヴェロは機械に座ったまま、ふわりと宙空へ浮遊した。
「放っておいても問題はないと判断していたけど、いいかげん目障りだ。プロメテウスがノア族の大陸を攻撃する最高の瞬間を見届ける前に……決着をつけようか」
開戦宣言と共に、周囲のコンピュータ群のディスプレイ全てが真っ赤な色に染まる。どうやら、衛星兵器プロメテウスが起動してしまったらしい。
「いけない、このままでは……。エゼルさん、私はこの部屋のメイン端末をハッキングしてプロメテウスを止めます。もちろん、兄は私を止めようとしてくると思いますが……」
「了解したよ。その間、君のお兄さんは僕が止めよう。そうだね……もしものことがあった場合を考えて、***君はモルガナ君の傍にいてくれると助かるんだけど、いいかな?君になら安心して彼女を任せられるし、なにより……」
その方が思いっ切りやれそうだ……と付け足すエゼル。***は首を縦に振り、エゼルの意志を尊重することを選んだ。
「じゃあ始めようか、オヴェロ君。プロメテウスの天雷が落ちるのが先か、僕の雷撃が君の野望を打ち砕くのが先か……共に答えを確かめようじゃないか」
雷撃を落とす
エピローグ
「……なぜ殺さない?言っておくけど、ぼくはこの命が尽きるまで、何度でも世界の破壊を望むよ。永き時を経て蓄えられたぼくの憎悪は世界の破壊を果たすか、ぼくが死ぬまで消えることはない。理解したのなら、ぼくを殺したら?」
搭乗機を破壊され、地面に仰向けに倒れたオヴェロは、皮肉げな微笑を浮かべながら眼前のエゼルを見据えている。すると、エゼルの口がゆっくりと開く。
「殺さないよ。どう足掻いても命の行き着く先は破滅。早いか遅いかの違いでしかないのなら、破滅させても不都合はない……君の言葉は正しいと思う。ただ、早いか遅いかだったら、僕は遅く滅ぶ方を選ぶ。君の命についても、僕は同じ考えを持っている。それだけさ」
「……くだらない。その優しさは必ずあなたの身を滅ぼすことになる。移民船を巡る戦争の時に非情に徹しきれなかった、このぼくのように」
「かもしれない。けど、自分の信念に従って命を終えることができるのなら、それは幸福な終わり方だと思うからさ」
そう言うと、エゼルは倒れているオヴェロの首の後ろに片手を回した。
「……オヴェロ君、眠る前に聞かせてほしい。君が破壊の先に求めていたものは、一体なんだったんだい?」
予想外の問いかけに、オヴェロは一瞬だけ瞳を潤ませる。そして、力の抜けた表情で問いに答えた。
「……見せてあげたかった。妹に……モルガナに、新しく生まれ変わった平和な世界を。こんな間違った世界なんか壊して、みんなが心から笑い合える……幸福な、新しい……世界を……」
たった一人の女性のため、自分の命を犠牲にして……その生き様に、エゼルは純粋な親近感を覚える。
「認めるよ。やっぱり、君と僕は似た者同士だ」
エゼルが手を離した時……オヴェロの意識は、すでに落ちていた。
「……プロメテウスは停止できました。内蔵されていた自壊プログラムを起動しておいたので、本体はこのまま空の彼方で燃え尽きるでしょう」
作業を終えたモルガナは額の汗を袖で拭いながら、眠るオヴェロの顔を見つめる。
「ただ、組み込まれていた自壊プログラムは、兄が直接組み込んだものだったみたいなんです。しかも、認証パスワードが……その、私の名前で。もしかしたら、兄は」
「ストップ。その話を聞くべきなのは僕じゃなくて君のお兄さんだ。だから、彼が目を覚ました時に話せばいい。もっとも、少しキツい電気ショックを与えてやったから、数日は目を覚まさないと思うけどね」
乱れかけていた呼吸を整え、部屋の出口へと足を進めるエゼル。
「エ、エゼルさん?どちらへ行かれるのですか?」
「帰る。僕に残された時間は少ないらしいからね。せいぜい晴耕雨読な日々を送らせてもらうさ……ああ、そうだ。“ノア族の先祖がアルド族にしたこと”に関しては、僕から彼らにちゃんと伝えておくよ」
「……っ、それよりも、私はあなたの」
「もっとも、彼らは本当に何も知らないだろうから、作り話だと思われるのがオチだろうけどね。けど、族長のミンディなら必ず耳を傾けてくれるはずだ。理想論だけど、ノア族とアルド族が手を取り合える日が来ることを祈ってるよ」
「き、聞いてください!その、エゼルさんの命のことなんですけど……おそらく、パックの技術なら延命ができると思うんです。彼は『あなたを完全にする』と言っていましたし。だから、まずはパックを説得して」
それは無理だ……と言いながら部屋に入ってきたのは、オヴェロの護衛であるティタニアだった。その凛とした表情からは、戦意や憎悪といったものは感じられない。
「パックはどこか遠くへ逃げたようだ。自分が創り出した存在に敗れたことがよっぽど悔しかったのだろう……今頃、誰にも見つからないような場所で新たな研究に勤しんでいるだろうさ。お前を倒すためにな」
とはいえ……と、ティタニアはエゼルに視線を向けながら続ける。
「パックは自分の研究成果を全て置いていった。それらを解読し応用することができれば、延命できる可能性は限りなく高い、とだけ言っておこう」
「……へぇ、意外だねぇ。てっきり斬りかかってくるもんだと思ってたのに」
「最初はそのつもりだった。しかし、オヴェロ様の寝顔が……な。まるで憑き物が落ちたかのようだ。きっと、いい夢を見ておられるに違いない」
ティタニアは優しげな笑みを浮かべながら、オヴェロの小さな体を抱え上げ、その場から去っていった。
「…………。で、モルガナ君。そのキラキラした瞳にはどういう意図があるワケ?」
「フフフ。エゼルさん、先ほど得意げな顔で言っていましたよね。『遅く滅んでいく方を選ぶ』って。ならば当然、長く生きられる道があれば、そちらの道を選びますよね?ね?」
「得意げな顔は余計だよ。まったく、本当に君は僕の調子を狂わせるのが上手いな」
「いえいえ、それほどでも」
「いや褒めてないんだけど。これっっっぽっちも褒めてないんだけど」
やれやれ……と大きなため息を吐くと、エゼルは屈託のない笑顔で言った。
「……わかった。期待せず待っているよ」
――彼らがいる限り、この世界はもう大丈夫だろう。
そう確信した***はエゼル達に別れを告げ、新たな世界へと旅立つのだった……。
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