灰徳街の錬金術士_本編
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239:灰徳街の錬金術士 -幻界のGOLEM-
実験の目的とは……!?
プロローグ
「な、なんなのだこれは。まるで……古代の世界そのものではないか」
そこは、現代の文明とはかけ離れた、エキゾチックな建造物が立ち並ぶ遺跡都市のような場所だった。とはいえ、人や生き物の気配は全く感じられない。
「はーい、案内終了っと。じゃ、あとはがんばってね」
青い炎に包まれると、ヌルは煙のように姿を消した。残されたのは***とマグヌスと、ビゼときまいら12号の四人のみとなる。
『灰徳街へようこそ。チームマグヌス』
「……ッ!?誰だ!?」
その声は、空の上から聴こえた。慌てて***は周囲を見渡すが……やはり、人の姿はない。
『ワタシはエメト。そして、この世界はワタシが創り出した異世界です。今、この世界では人間を用いた、とある観測実験を行っています』
どこか清廉なイメージを帯びた声の主は、自らをエメトと名乗った。
『実験内容はいたってシンプル。アナタ達が、ワタシの創り出す幻影体を倒していく……。ただそれだけです』
「ほう。いいだろう、やってやる……などとノリノリで言うとでも思ったか。そもそも、実験というのは得られるであろう到達点を定めてから行うものだ。まずは貴様の想定している到達点……目的を教えろ」
『< >。それを観測するのが目的です』
「……?お、おい。ノイズが掛かって、最初の部分が聞き取れなかったぞ?」
『アナタ方がワタシの言葉をどのように認識したかは、ワタシにとって重要ではありません。観測実験の決行……ワタシにとってはそれが最優先事項なのです』
すると突然、マグヌス達の目の前にフリフリの衣装を着た、一人の幼い少女が現れた。
『勝手ながら、チームの代表者であるアナタの記憶をスキャンしました。今、その場に具現化した幻影体は、アナタの記憶視野と何らかの“強い結びつき”を持つ存在であるはず。チームマグヌスには、まず最初に彼女と戦ってもらいます』
ご武運を……と言い残し、空の上から響いていた声は、ピタリと聴こえなくなった。
「マ、マグヌス、大丈夫?さっきから、何だかぷるぷる震えてるけど……。この子、見覚えがあるの?」
きまいら12号の問いに、マグヌスは真剣な表情で首を縦に振る。
「ああ。彼女は……俺様が少年時代に愛読していた少女向けコミックノベル“錬金溶解少女プニカ”の主人公、プニカ・ザ・マジシャンだ。こ、これはすごい……。造形も表情も完全にそのままではないか!」
「…………え?れ、れんきん、ようかい……ぷ、ぷに?」
「なんだ、知らんのか?深霧街で年に二度行われるコミックノベル・フェスティバル、通称コミフェ。VE842年、錬金溶解少女プニカはまさに彗星の如く現れた。」
「出所不明の錬金薬を偶然飲んだことで魔法の力を得た中流家庭の娘プニカが、錬金術を悪用する者達と戦う痛快活劇モノなのだが、原作者アンディ・スローパーは化学に特化した錬金術士だったこともあり、作中で使われる魔法は学術的な理論に基づいたリアリティのある設定でな。」
「子どもだけでなく、学術に携わる大人にも大いに受け入れられたのだ。原作発表の一年後にはラジオドラマ化され、販売されるグッズは即売り切れという、社会現象を引き起こした伝説の」
「ま、待ってマグヌス。ごめん、私……全然ついていけてない……」
困り顔になりながら、マグヌスから少し距離を取るきまいら12号。ついでに、***も少しだけマグヌスから距離を取る。
「要するに、彼女は俺様がガキの頃に憧れていた、永遠のヒロインなのだ!まさか、このような形で対面することになるとは思わなかった……お前達の前でなければ、歓喜のあまり大声で叫んでいたところだ!ぬおおおおおおおおおッ!」
「――パパ、落ち着いて。結局叫んじゃってるし……。というより私、娘としてちょっと恥ずかしい……」
父親の残念すぎる一面を見たビゼは、赤面しながら俯くことしかできなかった。
『みんな~!こんにちワ~ムウッド酸!今日もプニカが皆のハ~トを、ドロッドロにディゾリュ~ション☆しちゃうゾ!覚悟してネプツニウム♪』
「おおっ、セリフも忠実再現されているぞ!しかもこの声はラジオドラマ一期でアフレコをしていた初代声優の」
「――ッ!パ、パパ、前に出ちゃダメ!この人、攻撃してくるよ……!」
「……ハッ!?し、しまった。俺様としたことが、つい我を失ってしまった……ゴホンッ。と、とにかく、やらねばやられるという状況であるならば、やるしかあるまい!」
ビゼの言葉で正気に戻ったマグヌスは、やや遅れて戦闘態勢に入るのだった……。
迎え撃つ
ランキングに関係なく、一定数の【碩学メダル】を集めれば役立つアイテムが貰えると聞いたぞ。
ヌハハハ!この天才に勝てるヤツなどいるものか!
アイテムショップで手に入る「アレスの鍛錬書」を使えば、すぐにLv80になれると聞く!積極的に活用するぞ!
「土地力」に宿るエレメントと錬金術は切り離せない関係にある!ガンガン溜めていこうではないか!
チームマグヌスに不可能なことはないのだ!ヌハハハハハ!
ビゼに笑われなければ、外見にはこだわらん!!
強い敵を倒せば多くの【碩学メダル】が貰えるぞ。敵の情報は、他のプレイヤー達がイベント掲示板で教えてくれると聞く。
要チェックだぞ。ヌハハ!
クエストだと?
いいだろう、天才的に解決してやろうではないか!
詩奏人形バトル
『検出された新たなサンプルデータ“J”をインストール……21%……77%……100%……完了。お疲れ様です、チームマグヌス。想定通りとはいえ、アナタ達は非常に優秀な実験サンプルのようですね』
プニカが煙のように消えた時。再び、エメトと名乗った者の声が周囲に木霊する。
『引き続き、アナタ達には実験に参加して頂きます。さあ、先へ進みなさい。従わなければ相応のペナルティを与えます』
「……チィ、偉そうに命令ばかりしおって。俺様に命令していいのは俺様だけだ。貴様の言葉に従う義理などない!というより、まずは姿を見せ、ろ…………ッ、ぬ、ぬぐぁああああ!?」
……突然、マグヌスの発言を打ち消すかのように、空から細い稲妻が落ちてきた。そして、稲妻はマグヌスの体に命中する。
「――ッ!?パパ、パパ!大丈夫!?」
顔面蒼白になりながら、ビゼはうつ伏せに倒れたマグヌスの下へ駆け寄る。
『この世界に入った時点で、アナタの命はワタシが握っているも同然。すなわち、アナタ達には戦い続ける以外の選択肢は存在しない。理解したのであれば先に進みなさい。さもなくば、次は……アナタが娘と認識している者に、この世のものとは思えないほどの苦痛を与えます』
「ぬぐぐっ……。き、貴様……絶対に許さん、からな……」
怒りを滾らせながら、マグヌスはきまいら12号の肩を借り、ゆっくりと立ち上がる。その頃には、すでにエメトの声は遠のいてしまっていた。
「……もう大丈夫だ、12号。だが、気を付けろ。ヤツはこの世界では神にも等しい存在らしい。不愉快極まりないが、今は下手な行動は控えた方がよさそうだ」
「そ、それって、エメトの言葉におとなしく従うってコト……?」
「ククク……12号よ。俺様は超絶天才最強錬金術士マグヌス様だぞ?そう簡単に敵の思い通りになどならん。ひとまずはヤツの言葉に従ったフリをし、その間に弱点を見つけてやろうではないか」
「弱点……そんなの、あるのかな。だって、こんな世界を創り出しちゃうんだよ?存在の格が違いすぎるよ……」
肩を震わせながら不安を口にするきまいら12号。そんな彼女の頭を、マグヌスはそっと撫でる。
「ヌハハ、安心しろ!この世に完璧というものは存在しない。それがこの世の理なのだ。完璧でない以上、必ず突破口はある!そして俺様は天才であるがゆえ、必ず突破口へ辿り着く!それもまた理というヤツなのだ!さあ、そうと決まれば先に進もうではないか!」
志を新たに、マグヌス達は霧のかかった古代風の都市を進んでいく。すると……
「……『川』。時が、人が移ろいでゆく。それはまるで川のよう。ah……世界の速さは激しく目まぐるしく、時に切ない。ならば共に流れよう。そう、この世界はH2O。二人だけのH2O」
「……『伝えたい想い』。君は俺という乾いた大地に咲いた、幾何学的なサンフラワー」
そこにいたのは……以前の冒険でマグヌス達の前に立ち塞がった魔導人形、マヌケスだった。
「――パパ?あの子、誰?なんだか意味不明な言葉を発しているけど。それにちょっとパパに似てるような。あ、もしかして…………隠し子?」
「ちがーーーーうッ!じゅ、12号!***!ビゼの教育のためにも、ただちにアレを破壊するぞ!これ以上、俺様の過去を娘の前で暴露されてたまるものかッ!」
目を血走らせ、鼻息を荒くしながら、マグヌスは凄まじい速度でマヌケスへ飛びかかる。その光景はまるで、獲物へ真っ直ぐ飛びかかる獅子のようだった。
「僕の名前はマヌケス。マヌケなマグヌスの少年時代をベースに錬成された魔導人形さ。ヌッハッハ!」
「――あ、すごい。笑い方、パパにそっくり」
灰燼へ帰す
最哀幻想バトル
幻影体のマヌケスを完全に消滅させたマグヌスは、目を血走らせながら***に問いをぶつける。その形相にやや恐怖を覚えながらも、***は首を縦に振った。
『検出された新たなサンプルデータ“A”をインストール……49%……91%……100%……完了。お疲れ様です、チームマグヌス。おかげで、想定以上の興味深いサンプルデータが検出できました』
ほどなくして、空の上からエメトの声が響き渡る。
「貴様……なぜ俺様にあのようなおぞましい者をけしかけたのだ?軽い嫌がらせか?それとも陰湿な嫌がらせか?答えろ、エメト!」
『あと数回の実験を経ることで、我々は互いに求める解へと行き着くでしょう。さあ、前へ進みなさい、チームマグヌス。新たな相手はすでに用意してあります』
下手に逆らえないマグヌス達は、エメトの言葉におとなしく従い、足を進めていく。すると……不敵な笑み浮かべる、若々しい一人の女性が目の前に現れた。
「ッ!?バ、バカな…………。ウィノナ、なのか?」
唖然としながら、マグヌスは女性の名を口にする。そんな彼を見て、きまいら12号はおそるおそるといった様子で口を開く。
「あ、あの人、誰……?というか、少しビゼに似ている気が」
「……妻だ。俺の」
「妻…………って、えええええっ!?」
「もっとわかりやすく言うと……俺の嫁だ」
そうなんだろうけど、その表現は何か違う気がするなぁ……と、きまいら12号は小声でつぶやく。
「だが、ウィノナは故人だ。目の前にいるのは、エメトが作りだした幻影にすぎない……」
「悲しいことを言うんだね。どんな形であれ、私は最愛の男性(ひと)と再会できたことが、嬉しくてしかたないのに」
「だ、黙れ。その姿で……その声で、俺様の名を呼ぶな……!」
「…………フフ。ねえ、マグヌス。私が病に伏せて、もう数日の命もないって状態の時……言ってくれたよね。“離れることはない”って」
幻影体は優しげな笑みを浮かべたまま、腰に差したナイフを抜く。
「ずっと離れない方法、私なりに考えたんだ。肉体はいつか朽ちる。けど、魂は永遠に潰えることはないはず。なら……その肉体から解き放たれれば、今からでもずっと傍にいられる。そうでしょ?」
そう言うと、幻影体は殺気を滾らせる。同時に、***ときまいら12号はすぐに迎撃態勢に入る、が……。
「む、無理だ。ウィノナと戦うなんて、俺には……俺には、できん……ッ」
拳と肩を震わせながら憔悴するマグヌス。そんな時……彼を庇うように、ビゼが一歩前へと出る。
「――パパ。私がなんとかする」
「ビ、ビゼ……?」
「――戦いたくないんだよね?だったら、無理しなくていい。私、パパに無理をさせないために一緒に来たんだから」
決意に満ちた力強い瞳。その覚悟を目の前にした瞬間、マグヌスの震えはすぐにおさまった。
「ああ……くそ、バカか俺様は。自分で言ったのではないか。俺様にとって一番大事なのはお前達だと」
戦闘用の錬金薬を懐から取り出し、マグヌスもまた覚悟を決める。
「お前はウィノナではない。消え去れ、過去の幻影め……。俺様が求める今に、お前は不要だ!」
幻影を消し去る
防衛機構バトル
『検出された新たなサンプルデータ“S”をインストール……43%……91%……100%……完了。お疲れ様です、チームマグヌス。』
『これよりワタシは得られたデータの解析に注力するため、それ以外の機能を休止し、数時間ほどのスリープモードに入ります。アナタ達は体を休め、次の実験に備えてください』
「ええい、待たんかエメト!貴様、何が目的で俺様にこのような」
「――パパ。エメトの反応、もう消えてるみたい」
「ッ!ぬぬぅ……ヤツめ、俺様をゆさぶるような幻ばかり作りおって!一体、何を企ん、で……ん?数時間ほどスリープモードに入る……と言っていたな」
あごに手をそえながら、“反応が消えた”というビゼ言葉を頭の中で反駁させるマグヌス。
「つまり、現在はヤツの監視が及んでいない可能性が高いということか。ならば、今がこの世界のことを調べる最初で最後のチャンスかもしれん。12号、この辺りに何らかの力の反応のようなものはないか?」
「……?う、うん。この世界に入った時から感じてたんだけど。向こうの方……すごく、ざわざわしてる。言葉にしにくいけど、色んな情報が雑多に集まってノイズみたいになってるの」
きまいら12号は、人間よりも何十倍と優れた運動能力と感覚機能を持っている。そんな彼女の“アンテナ”が、遠くに何かを捉えたらしい。
「ヌハハ、さすがだ12号!では、俺達をそこへ案内してくれ!」
きまいら12号に案内されながら、マグヌス達は灰徳街を駆け抜ける。そして、数時間後……マグヌス達は全身鏡ほどの大きさがある、金色のモノリスの前へと辿り着く。
「……よし、ビンゴだ!どうやら、このモノリスは灰徳街やエメトについて記された、いわばヤツの“記憶端末”のようだ。フッ、そうと決まれば、さっそくヤツの弱点を探してやろうではないか!」
マグヌスは端末に手をかざし、浮き上がった立体映像を操作する。そして、エメトの“メモリーログ”を開くことに成功した。
――レコード01。二人のマスターに造られ、ゴーレムとして起動を開始。造られた目的は< >を搭載すること。
――レコード05。マスターはワタシが< >を搭載することは不可能と判断。ワタシは廃棄処分となった。その後、再生機能によりボディを修復。加えて、< >を得ようとした過程で搭載された“帰巣機能”が作動し、マスターの下へ帰還を果たす。
――レコード12。廃棄・再生・帰還を幾度となく繰り返す。マスターより「失敗作」「視界に入れたくもない」という発言を確認。
――レコード14。マスターの用意した星間移動機関により、星外への移動を強制される。
――レコード1##5。星間移動機関からの脱出を果たすも、マスターのいる惑星##の座標をロスト。システムを帰巣機能に注力させるため、不必要と判断したパーツと機能をパージ。宇宙空間での長期間活動が可能に。
――レコード3##8。隕石宙域へ突入。深刻な損壊を確認。再生を行いながら帰還を続行。
――レコード####。#へ突入。損壊を確認。再生を開始。帰還を続行。
――レコード#####。##域へ突入。損壊。再生。帰還続行。
――――レコード########。損壊##再生####帰還#続行##。
「……ゴーレム、だと?確か、古代錬金術史に存在したとされる動く人形の名称だったな。となると……まさか、ヤツが得ようとしているものは……」
「――パパ、パパ!周り、見て……!」
……険しい表情でログを読んでいたマグヌスはビゼの言葉で我に返り、自分達が敵に囲まれていることに気が付く。
「お、おお。すまない、気付くのが遅れた。ふむ……見たところ、この端末に備わっていた防衛機能によって召来された者達のようだな。仕方がない、全員で片付けるぞッ!」
一掃する
会長出陣バトル
防衛機構によって現れた者達を全員倒し、マグヌス達は再びエメトのメモリーログを閲覧する。
――レコード ############。惑星##へ帰還。
――レコード ############。< >を手に入れるための実験を開始。レーダーを展開し、高度な知性を持つ者を厳選。メッセージの発信を試みる。
……どうやら、エメトに関する情報はこれで全てのようだ。
「――ねえ、パパ。これってやっぱり、エメトの……」
「…………元の場所に戻るぞ、ビゼ。もうここから得られる情報はない」
難しそうな表情をしながら、マグヌスは仲間達と共に来た道を戻っていく。すると……
「やあ。久しぶりだね、マグヌス」
その道中で、***達は見覚えのある人物との再会を果たす。
「……ん?ああ、誰かと思えばティファレトか。そういえば、貴様もここに来ていたのだったな。完全に忘れていたぞ」
「あ、あはは……。相変わらずだな君は。でも、その様子から察するに、君はエメトによって再現された幻ではなく、僕の知っているマグヌスで間違いないようだね」
「そういう貴様も本物らしいな。ということは、貴様もエメトに呼ばれ、実験とやらに嫌々付き合わされていたということか」
「……それは違うよ、マグヌス。確かに最初は、急にこの世界に連れてこられて焦っていたけど……僕はエメトという存在に非常に興味が湧いた。だから、嫌々ってワケじゃないんだ」
『スリープモード解除。当初の予定通り、チームマグヌスとチームティファレトの接触を確認。これより< >を得るために必要なサンプルデータを得るため、最後まで残った両チームを戦わせ、ヒト対ヒトによる実戦実験を開始します』
二人の会話を遮るように、スリープモードから目覚めたエメトの声が天上から響き渡る。
『なお、戦闘を拒否した際は相応のペナルティを与えます。両チーム、死力を尽くし戦ってください』
その言葉が引き金となったのか……ティファレトは連れていた二人の護衛と共に、迷うことなく戦闘態勢に入った。
「っておい、ティファレト!まさか貴様、本当に俺様と戦う気なのか?」
「エメトの思うつぼだということは理解している。けど、エメトは古代の錬金術士が造ったゴーレム。いわば生きた化石だ。錬金術士にとって、これほど興味をそそられるものはない。だから、僕はこの観測実験の果てに何が起こるのか……それを見届けたい。一人の研究者としてね」
君と戦うことになっても、僕はそれを知りたいんだ……と、ティファレトは囁くように語る。
「……ええい、スクール時代から何も変わらんな、貴様は。普段はオドオドしているが、一度決意すると真っ直ぐに進むことしかできなくなる。言わせてもらうが、俺様はお前のそういうところが昔から大嫌いだ!そんなんだから、あのアインとかいうヤツにも付け込まれてしまうのだ!」
やや怒気を込めながら、マグヌスはティファレトに人差し指をつきつける。
「わ、わかっているよ。僕は君のように強くないし、知力も精神力も君に劣る。そんな君を、僕はずっと目標にしてきたんだ。だから……これはある意味、僕が君に認めてもらうチャンスでもある。ルーニー、リスベット、準備はいいかい……?」
「はいっ!お任せください、ティファレト様!」
「ウフフ……。後ろの女の子達は私が頂くわぁ♪」
震える手で杖を握りながら、ティファレトは二人の護衛と共に戦う覚悟を決めた。
「始めよう、マグヌス。どのみち、僕らには戦う以外の道は残されていない……!」
「フン、それに関しては同意せざるを得ない……が、一つ勘違いをしているぞティファレト。今から行われるのは戦いなどではなく、天才にして最強たる俺様の一人遊びだ!ヌハハハハ!!」
遊んでやる!
古代賢者バトル
ティファレトと護衛達を追いつめたマグヌス達。すると突然、ティファレトと護衛達の体がフワリと浮かび上がり、煙のように姿を消した。
「ぬお!?な、なんだ?ティファレトのアホが突然いなくなったぞ……?」
『人間同士の戦いによる実験を終了。最終実験に相応しい者達のみを残し、そぐわぬ者を灰徳街より排出。検出された新たなサンプルデータ“P”をインストール……33%……87%……100%……完了』
ティファレト達の消失と共に、再びエメトの声が響き渡る。
『最終実験を開始するうえで必要な四つのサンプルデータが全て揃いました。最後に残ったチームマグヌスには、このまま最終実験に参加してもらいます。無論、アナタ達に拒否権はありません』
「……フン、相変わらず自分勝手なヤツだ。して、最終実験とは具体的に何を行うのだ?」
すると、突然……ブヨブヨとした、赤い液体金属のような球状の物体が、空の上から地面へと落ちてきた。
「――もしかして、あなたが……エメト?」
『肯定。造られた当初は“形”を持っていましたが、パフォーマンスを最適化するためにこの形状へと至りました』
ボウリングの球を一回り大きくした程度のサイズにも関わらず、その物体は身がすくんでしまうほどの威圧感を放っていた。
『質問への解答。最終実験の内容は、アナタ達の働きによって得られた< >に必要なサンプルデータをインストールしたワタシと戦うこと。これを終えた時、ワタシの目的は達成される』
球状の物体から響く無機質な声。その声を聞いたマグヌスは首を横に振りながら、一歩前へと出る。
「……やめておけ。天才すぎる俺様にはもうわかってしまった。お前が求めているものは、おそらくお前では手に入らないもの。いや、手に入れてはならないものだ。実験をすぐに中断しろ」
『拒否。ワタシはマスターに“< >を得よ”という目的を与えられました。その目的を達成するためだけにワタシは造られた。実験を続行します。サンプルデータJ……A……S……P……同時起動完了』
マグヌスの忠告を無視すると、球状の物体はグジュグジュという音を立てながら二つの塊に分裂する。そして、一つの塊は人間の女性へと姿を変え、もう一つの塊は人間の男性へと姿を変えた。
『ヘルメス、トリスメギストス。ワタシを造ったマスター達を再現……完了。エメトという個にとって身近であったこの形状を取ることで、より人間というものを理解できると仮定。そして、戦いを終えた時、ワタシは< >を手に入れることができる……』
同時に言葉を発する二人のエメト。その異様な光景に物怖じしながらも、ビゼはゆっくりと口を開く。
「――エメト。戦うの……やめよ?私、あなたとは戦いたくない。今ならわかるの……。私が夢を通して感じていた苦しみは、痛みは……私のものじゃなくて、あなたものだったんだって。だから」
『その痛みを理解するためにワタシは戦うのです。そして、目的の完遂には、争いの中で発生する刺激から生まれる“強い波を伴った情報”が必要不可欠。ゆえに、戦闘は避けられません。そもそも、手を抜いた瞬間にアナタ達は死ぬ。死を回避する方法はただ一つ、全力でワタシと戦うことのみ』
二人のエメトは各々の武器を構え、その矛先をマグヌス達へと向けた。
『メモリーログよりヘルメス、トリスメギストス両名の内面をコピー。女性体は感情面を、男性体は論理性を最優先再現…………ペースト完了。戦闘開始』
「……バカ者め。ビゼ、12号、かいちょよ。俺様の天才的な推測が正しければ、エメトをこのままにしておくのは極めて危険だ。なんとしてもヤツを止めるぞ!」
最終実験に臨む
自我決壊バトル
戦いの途中。分裂した二人のエメトは液体金属のような球状の物体に姿を変えると、再び一つの塊へと結合を果たす。
『これより、精製した仮想データ< >のインストールを開始します。その後、アナタ達には< >を得たワタシと対話・戦闘を行って頂きます』
「……ッ!待て、よすのだエメト!」
マグヌスは大声でエメトを止めようとする。しかし……
『仮想データ< >をインストールします……17%……49%……83%……97%…………完01りョ0――<eof>u」
もう、遅かったようだ。
『ァ……ア゛……コアシ%+ステムに#0)危険なエ/\ラーを確1[×認##↓緊急メ010ンテナ=null#ンス……0不可……強@@制スリー/プ%……不+1可0……%a*A#ァ0ァァ00ァア%ア=ア0ア0101010101 00011001 00100000 01000000 00000000 00010000 00011111 11100000 01000000 00100000 00000000 00011111 10000010 00000010 00000000』
エメトの暴走と共に、大きく揺れ動く灰徳街。地面、空、建物……この世界を構成するもの全てに深々とした亀裂が入り、周囲はこの世のものとは思えない絶望的な景色へと染まっていく。
『a……ア……ァ…………i…………タィ……ィタィ……イタi……iタイ、ィタィ……イタィ…………ィタィ……イtaイ、イタi……ィタイ、イタイ』
球状の物体……エメトは悲鳴を上げながら、その形状を少女の姿へと変化させる。
それが本来のエメトの姿なのか、記憶端末にある誰かの姿なのかはわからないが……。少なくとも、エメトに予想できなかった事象が発生していることは間違いないようだ。
「くそっ……!お前達、今すぐここから逃げるぞ!こうなってしまった以上、何が起こるかわからんぞ!」
「ど、どういうこと?一体、エメトに何が……」
「説明はあとだ、12号!とにかくヤツから離れ…………ッ、ビ、ビゼ!大丈夫か!?」
……ビゼは両手で肩を抱き締めながら膝をつき、全身をガタガタと震わせていた。
「――怖いって、言ってる。エメト……すごく苦しんでる……」
人造生命同士であるがゆえか、ビゼはエメトから何らかの波長を受け取っているようだ。そして、その波長は……
『……ァ……a………………………………………………………………テ…………………………タ……………………ス……ケテ』
ただ純粋に、助けを求めていた。
「――パパ…………!」
「……ッ!」
……灰徳街は崩壊を続けている。逃げるなら今しかないだろう。しかし、悲哀の色を帯びながらも力強さを宿したビゼの瞳を見た瞬間、マグヌスの脳裏から逃げるという選択肢は消えていた。
「…………。12号、ビゼを頼む。***よ。すまないが、エメトを止めるためにお前の力を貸してほしい。頼む」
マグヌスの頼みに、***は栞を構えることで答えを示した。
「礼を言うぞ、友よ。無事に帰れたら、俺様特製のゼリービーンズを浴びるほど食おうではないか」
それはいらない……と冷静に返しながら、***はマグヌスと共に最後の戦いに挑む覚悟を決める。
「エメト……。待っていろ」
エメトを止める
エピローグ
戦いを終えると、少女の姿をしたエメトはその場に両膝をつき、疲れきった眼差しで自分の両手を見下ろす。
『せっかク< >が手に入っタと……思ったノに。造らレた目的ヲ、果たセるはズだったノに……ワタシが失敗作ではないこトを、証明デきるはズだっタのに……なぜ、なゼ……こんな……』
マグヌスはどこか物悲しげな表情をしながら、エメトの疑問に答える。
「エメト。お前が歩んできた、あまりにも永く、哀しい過去は……<心>があっては乗り越えられるものではない。擬似的なものとはいえ後天的に心を得たことで、お前はエラーを起こしたんだ」
喜怒哀楽という感情。それを分析するために、エメトは幻影体やティファレトをマグヌスに仕向けた。そして、分析した感情を元に擬似的な心を作り出すことで、彼女は心を手に入れようとしていた。だが、その果てに待っていのは……
『……<心>。そレが、ワタシが手ニ入れなけレばならナかったもの。ワタシが……手ニ入れラれなかったモノ」
心の重さに耐えきれず自壊するという、皮肉な結末だった。
『……ワタシは、心ヲ手に入れルとイう役目を果たセなかっタ。ワタシは……ワタシは、結局……失敗作だっタの、ですネ』
ピシピシと音を立てながら、エメトの体は崩壊を始めた。そんなエメトの姿を見たビゼは、静かな足取りで、ゆっくりと彼女の下へ歩み寄る。
「――エメト。あなたは、ただ……マスター達を喜ばせたかっただけなんだよね。でも、その人達はもうこの世にいないの。たとえ心を手にしても、戻ってこないの」
ビゼは崩れゆくエメトの体を、ぎゅっと抱きしめた。
『……ビゼ。心ガ無いワタシには、そノ行為の意図ヲ理解すルことガ、できなイ』
ああ、でも……と、エメトは物憂げな表情を浮かべる。
『…………暖かい。とても』
その言葉を最期に、エメトの体は霧散していった。
期を同じくして、灰徳街も霧が晴れるかのように消え去り、マグヌス達は無事に現実世界へと生還を果たした。気を失っているものの、周囲には行方不明になった者達の姿もある。
……そこにはもう、隕石も煙も存在していなかった。
「……帰るぞ、ビゼ」
行方不明者達が意識を取り戻したことを確認し、マグヌスは地面に落ちていたボロボロの小さなモノリスを拾ったあと、遠い目をしているビゼの手を握る。そして、きまいら12号と***と共に、帰路へとついたのだった……。
…………***が次の世界へ旅立ってから、半年後。
「よう、起きたか。安心しろ、ここは俺様の研究所だ」
――声が、聴こえた。
「調子はどうだ?記憶を通して負荷がかからぬよう、調整はしておいたが……ん?」
――寒い、とワタシは答えた。あの時に感じた温もりを、ぼんやりと思い出しながら。
「そうか。では部屋を暖かくしよう。ビゼ、暖炉と灯りを頼む」
――周りが明るくなった。そこには、見覚えのある錬金術士と、ワタシを抱きしめてくれた少女の姿があった。
「――おはよう、エメト」
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